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おはようございます。
今日も一日よろしくお願いします。
 
人間は、何人といえども、不幸を退けて幸福を追い求め、それを得ようともがいています。

天一国2年天歴2月3日

今日のみ言
良心は自分の第二の神様
 人間において、一番貴いものは何ですか?(愛です)。愛はどこに住みますか? 男の愛と女の愛は、どこで一つになりますか? どこですか?(生殖器です)。生殖器を合わせたところです。女の生殖器には愛はないのです。自分自身には感じないのです。あなたは愛を持ってるのですね? それは、父母の愛、父母の生命、父母の血統をみんな相続しているのです。それを持っていても、自分なりに一つになっているので感じないのです。これは、近くなったら見えますか? 答えてください。見えますか、見えませんか? (見えません)。

 なぜ見えないのですか? 目というものは相対的に物を見るようになっているのであり、一つになっていれば見えないのです。目玉が目玉を見ることできますか?(できません)。だから、良心がなぜ見えないのかというと、自分と一つになっているからです。相対的であればすぐ分かるのですが、一つになったら分からないのです。愛を見たことがありますか?

    ないのです。触ったこともないのです。一つになっているからです。人間はすべてが中間に浮かんでいるのです。すべて一気圧の中で調和が取れているのです。一気圧の力は大変な力ですが、一つになっているから分からないのです。分かりますか? 一つになっていると分からないのです。

 君たちの(胸の)鼓動は、「ドン、ドン、ドン、ドン」と聴診器で聞けば大変なのです。このように、心臓が動くということを一日に何回考えますか? 平均みんな一か月でも考えないのです。一年に数回しか考えないのです。忘れているのです。大変なことです。臼で突くよりもっと大きい音がするのに、なぜ感じられないのですか? 答えは、一つになっているから感じないのです。速度の一番速い所、一番遅い所、その中間しか聞こえないのです。感じることもそうです。相対関係に立たなければ感じられません。脈なんかもそうです。それが分かりますか?

 神様が良心を見たいと思うのに、良心がないという女の子がいたら、気持ちはどうですか? ひっくり返るほどに気持ちが悪いのです。愛がないというのです。気持ちが良いですか、悪いですか?(悪いです)。愛と良心をコントロールするのは神様です。神様は良心の主人であり、愛の主人なのです。分かりましたか? (はい)。

 良心は自分において第二の神様です。先生に続いて声を出してください。良心は(良心は)、自分において(自分において)、第二の神様です。(第二の神様です)。自分を中心としては(自分を中心としては)、絶対なる神様です!(絶対なる神様です!)。そのように定義するのです。

 第二の神様は、第一の神様の相対位置に立つのです。相対を中心としての主体・客体の関係は、男が中心に立ったら、女はその男の命令に従えばよく、神様に聞く必要はないというのです。分かりますか? 相対は、主体と一体であれば、それで万事「オーケー」です。分かりましたか? 着物と同じです。立派な着物も、その人が着ることによって、いくらでも御殿の王様の前にも出られるのです。立派な着物が出られるのではないのです。その人が着た着物だから、みんなが歓迎するようになっているのです。そのような相対関係をいうのです。分かりましたか?(はい)。

 相対関係において、神様を中心として良心は第二の神様です。それがなければ、神様と人間が相対的な内容の関係を持つ因縁がないのです。分かりますか? 良心は神様と人間が通じるようになっているのです。良心は第一の神様に対して相対的立場に立つのだから、第二の神様の立場に立つのです。しかし良心を、男、女と見た場合には、男の良心は神と一体になっており、その一体になった主体と客体は横的関係だから、これが一つになった場合には、幹と同じ、枝と同じで、相対基台が一つになったら、それで万事が「オーケー」です。

 国も、国会を中心として、行政府があるのですが、地方では県は県知事を中心として、相対的な県の法律に一体になった場合には、中央に報告しなくてもよいというのです。分かりましたか?(はい)。


 主体・客体関係の世界は、このような原則によってつながっているのです。どちらが上か下か、どこが中心か、相対かを決めることによって位置が決まるし、男、女の二人の問題が世界の八〇パーセント以上、悪辣な罪悪世界をつくったとすれば、男、女の問題をはっきりと解決することによって、平和世界が八〇パーセント無事達成できるというのです。ですから、男、女の処理問題は歴史的に重要なことです。

 この世界は悪い世界ですか、良い世界ですか?(悪い世界です)。今は、もう絶望の段階にきているのです。絶望の渦中で、現状の世界を眺めているのです。「どうすればよいか」と言っても、そこには中心もなければ、主体もないのです。相対ばかりがうごめいていて、今から上がるか、下がるか、この渦巻きがどうなるか分からないという世界です。そういう渦中に生死を決めなければならない運命圏に立っているのです。

投稿日:1970年1月1日

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