教会NEWS

おはようございます。
今日からは信仰生活の基本的内容を伝えますのでよろしくお願いします。
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天一国2年天歴3月11日
今日のみ言葉

『祈り』
 祈りとは神様と人間との間における心情を基盤とした言葉の交流、すなわち親子の対話です。人間は祈りによって神様の心情に直接通じ、神様の無限の知恵に通じることができるのです。まさに祈りとは神様との近しく親しい会話であり、人間がなし得る最高の行為なのです。
祈りの目的は
①サタン分立が最初で、
②神様の心情に接することによって、神様との心情関係を回復し、
③神様の摂理に従って祈ることによって、復帰摂理目的を成就することです。
カインである堕落人間は、アベルであるキリストを仲保としなければ神様につながる道がありません。祈りはキリストのみ名によって祈り、キリストとは真の父母のことですから、1960年以降は真の父母のみ名を通して祈りました。2001 年1 月1 日から、祝福家庭は各自の名前で祈るようになり、また内容も、悔い改めや反省以上に、実績を捧げて天に喜びを捧げる「報告祈祷」になりました。2006 年からは結びの言葉が「アーメン」から「アーヂュ(我住)」になり、「…祝福中心家庭○○○○の名によって(未祝福者は「天地人真の父母様の名によって」)ご報告いたしま。アーヂュ」と祈ります。

□「考えてこらん。どこで天の父と会うかというんだね。いずこに天の父を迎えるや。君の住んでいる部屋の中で? それは間違い。数多くの聖人たちの一生の目的を、部屋の中でもって果たしたものはいない。道端や、あるいは十字架上などが、神が本当に愛する子女と会うべき最高の場所である。イエス様も、そういうところで神に対した。誰もが欲するところではない。誰もがみんな慕うところではない。誰もいない、たった一人のところ、そこが一番、神の心の真中に記憶され、息子として神に会うことができる急所である。だから伝道に行くにも絶対二人で行かないんだね。伝道に出た時、友達や兄弟姉妹と訪問するのをいやがるぐらいでなければならないというんだね。」(1967・7・6)

投稿日:1970年1月1日

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