おはようございます。
□我々指導者は、 神のために気が狂ったと言える伝統を立てなければならない。
天一国2年天暦4月17日
今日の訓読のみ言
◇霊的な能力に期待しては絶対に駄目
祝福式の時のことです。祝福式を前にした新郎新婦に、 私は必ず純潔であるかと尋ねます。 その日も新郎の候補者に尋ねました。「本当か?」 と聞いてみると、彼が大きな声で「はい!」と答えました。 そこで再び尋ねました。「本当か?」。彼はまた「はい!」 と言いました。私が三回目に尋ねた時も同じ返事でした。 私は彼を真っすぐに睨(にら)みつけて、 恐ろしい声で問い詰めました。「おまえ、 江原道の華川で軍隊生活をしただろう?」 新郎の候補者がすっかり怯(おび)えた声で「はい」 と言いました。
「その時、休暇をもらってソウルに来る途中、 旅館に入っただろう?その日、 赤いチマを着た若い女と一線を越えたじゃないか。 はっきりと分かっているのに、なぜ嘘をつくのか」 私は怒って彼を追い出しました。心の眼を開けていれば、 何を隠していても全部分かるようになっています。
神のみ言よりも神通力に惹(ひ)かれて教会に来る人もいました。 彼らは霊的な能力に最高の価値があると思ってすがりつきます。 しかし、一般に奇跡といわれるものは世の人々を惑わすのです。 奇跡にすがりつくのは正しい信仰とはいえません。人間の罪は、 必ず贖罪を通して復帰 (罪のない元の状態に戻ること) しなければならないのです。 霊的な能力に期待しては絶対に駄目です。教会が定着してくると、 私はそれ以上、 心の眼で見たことを信徒に話さないようにしました。
真心を込めて話を聞きました
信徒の数は次第に増えましたが、数十人だろうと数百人だろうと、 私は一人だと思って向き合いました。どんなお婆さんでも、 どんな青年でも、その人一人だけを相手とするように、 精いっぱいの真心を込めて話を聞きました 私は本当に人の話を聞くのが好きです。 誰であろうと自分の話をし始めると、 時の経つのも忘れて聞くようになります。
10時間、20時間と拒(こば)まずに聞きます。 話そうとする人の心は緊迫していて、 自分を救ってくれる太い綱を探し求めるのです。 そうであるならば、 私たちは真心を込めて聞かなければなりません。 それがその人の生命を愛する道であるし、 私が負った生命の負債を返す道でもあります。生命を尊く思って、 敬い仰ぐことが一番大切です。 嘘偽りなく心を尽くして人の話を聞いてあげるように、 私の真実の心の内も真摯(しんし)に話してあげました。そして、 涙を流して祈りました。涙を流して夜通し祈ったので、 板の間が乾く日がありませんでした。 板の間は私の血と汗と涙でいつも濡れていました。
伝統を尊重することを知らない民族は
青披洞教会は私個人の歴史を刻んだ場所でもありますが、 私たちの教会の歴史をそのまま証言する場所でもあります。 いくら立派に造り直しても、 歴史が消えてしまえば何の使い道があるでしょうか。 重要なのは端正(たんせい)な姿形ではありません。
その中に宿った意味です。不足であれば不足なりに、 そこに伝統があり、光があり、価値があるのです。
伝統を尊重することを知らない民族は滅びてしまいます。
青披洞教会の柱には、「いつ、どういうことのために、 その柱をつかんで涙を流したのか」 という歴史がそのまま刻まれています。 つかんで涙を流した柱を見れば、込み上げてくるものがあるし、 曲がった扉を見ても、当時の思いが蘇ります。ところで、 今はもう昔の板の間が全部なくなりました。夜通し俯(うつむ) して祈り、血涙を流した板の間がなくなったので、 その涙の跡もまたなくなってしまいました。 私に必要なのはそのような痛みの追憶(ついおく)です。
投稿日:1970年1月1日








