教会NEWS

1970年1月1日
おはようございます。
み言葉と一体となりなさい。心がみ言葉と一体となって行動的な面へと進めば必ず繁殖し始めるのです。

天一国2年天歴8月29日
今日の訓読み言葉
1970年1月1日
おはようございます。
毎日、神殿できちんと礼拝をし、聖餐の時は、小人数に分かれてめいめいの家に集まり、心から喜びと感謝にあふれて、食べ物を分け合いました。 (‭使徒行伝‬ ‭2‬:‭46‬ JLB)

天一国2年天歴8月28日
今日の訓読み言葉
1970年1月1日
おはようございます。
今日はあなたにとって素晴らしい一日になりますように。

天一国2年天歴8月27日
今日の訓読み言葉
1970年1月1日
おはようございます。
幸福はいかにしたら得られるのであろうか。人間はだれでも、自己の欲望が満たされるとき、幸福を感ずるのである。

天一国2年天歴8月26日
今日の訓読み言葉
1970年1月1日
おはようございます。
     み言葉と一体となりなさい。心がみ言葉と一体となって行動的な面へと進めば必ず繁殖し始めるのです。

天一国2年天歴8月25日
今日の訓読のみ言

他者のために生きる

 神は宇宙に一つのパターンを敷かれました。理想的生活においては、我々は、他者のために生きるのです。主体は対象のために存在し、対象は主体のために存在するのです。神の善の定義は、完全に与えること、完全に仕えること、絶対的利他主義であります。我々は我々の人生を他者のために生きるべく造られているのです。あなたは他の人のために生き、他の人はあなたのために生きるのです。神は、人間のために生き、人間は神のために生きるのです。夫は妻のために生き、妻は夫のために生きるのであります。これが善であります。そして、ここに初めて統一と、調和と、繁栄とが生まれてくるのであります。
1970年1月1日


おはようございます。
懇切なる心情で待ち焦がれ、この日のために涙を流しながら祈祷していることを知っています。

天一国2年天歴8月24日
今日訓読み言葉

 「神よ、全能なるあなたは、その望むところの何事も成すことがおできになりますのに、御自分の子なるアダムとエバの罪のゆえに、御自身をそのような苦悩の中に陥(おとしい)れられました。苦しむべきいわれもないあなたが、かくも寄る辺なき身となられて、真に頼ることのできる子女を、そんなにも長い間ひたすら待ち続け、探し求めてこられました。私にはそういうあなたのお心がよく分かります」。

 誰でも、先生の内面の世界をかいま見ることでもできたならば、ただ“わっ”と痛哭せずにおれないでしょう。特に、常に神に祈り、霊界を見たり啓示を受けたりしている霊通者たちは、みなこういうことを言ってきます。「文先生について祈る時は、いつも決まって神様からの答えは“涙”です」と。先生のことを祈ると神様は泣かれるというのです。寂しい一人の人、文先生を見つめる時、人知れずすすり泣いておられる神様なのです。
1970年1月1日
おはようございます。

持てる力と持てる精誠と持てる体と心を尽くして
お父様の前に出てまいりましたので、
哀れにお思いください。

天一国2年天歴8月23日
今日の訓読み言葉

御旨と世界607
 外にいる人々に唾をかけられたり、打たれたりしても、そういうことが苦しいことではありません。かつて共に食口として歩んだ人が、神を裏切って去っていく時、それ以上悲痛なることがあるでしょうか。そういう痛みまで体験して初めて、イエス様が外的な敵、すなわち具体的に十字架に釘づけた人々による外的迫害、裏切りだけでなく、ユダによる裏切りのごとく、最も痛い内部からの内的迫害を受けた方であることと、その痛みというものを少しでも理解することができるでしょう。

 先生は共産陣営のみならず、自由主義の韓国においてさえ、刑務所生活を体験しました。西大門刑務所に行ったその日のことは、永遠に忘れることができないでしょう。その日、刑務所に引かれていく時、一人の教会から去ったかつての食口が先生に駆け寄ってきて、侮蔑(ぶべつ)に満ちた嘲笑を浮かべながら言ったのです。「あんたはまだそんな馬鹿なことをやっているのかい、俺のように早く卒業することだな」と……。先生は永遠にその男のことを忘れることはできません。一言も語らず黙然として彼の前を引かれていきましたが、心の中で神に向かって叫びました。「神よ、今こそあなたの義と、私のあなたに対する従順を証させ給え」と。
1970年1月1日
なますて。

きょう私たちの体と心が、
お父様の前に面目ないことを悟るよう許諾してください。

天一国2年天歴8月22日
今日の訓読み言葉

     真の愛は、神様が創造される時の根源的力です。原動力だというのです。それゆえに、神様も好むのは、真の愛だというのです。神様も、私たちのように御飯も召し上がり、目もあり、鼻もあり、すべてあります。そのようなお方ですが、そのお方が喜ばれることとは何かというと、私たち人間たちが喜ぶ黄金の塊ではありません。

      それは、いつでもつくることができます。それから、知識も同じです。神様は、全知全能のお方です。知識の大王であり、能力の大王です。
1970年1月1日
ナマステ。
この時間に捧げる敬拝が、
お父様の切ない心情を
慰労してさしあげ得る敬拝となることができますよう

天一国2年天歴8月21日
今日の訓読み言葉

   堕落したから人間の心と体が戦ってきましたが、その比率が互いに似たり寄ったりでした。その比率が一〇対八程度でした。体に対している環境は、世界全体と接していますが、心が対すべき道は一つの道しかありません。堕落した世界に対する人間の体は、時事刻々と環境に占領されてしまいましたが、心は一つの道に従ってきたのです。それゆえ、現実世界は現れる結果を取り締まってきたのです。悪いことをしようとするとき、心に恐怖が来るようになります。そうしてそのことを行うようになると、今まで積んできたものが崩れます。これを見るとき、心は肉身の行動をいちばん最初から、序盤から干渉しますが、中盤に至っては肉身に支配されるのです。それゆえ、外的な比率で見ると一〇対八程度ですが、環境のために心がいつも押されてくるのです。
1970年1月1日
おはようございます。
お許しください。
お父様の顕現と
お父様の働きによって、
私たちの誤った考えと

天一国2年天歴8月20日
今日の訓読み言葉

     私たちが呼んでいるその「父」は、罪悪の立場から呼ばれるそのような父ではありません。ですから、私たちは罪悪の世の中から抜け出し、善の理想の園に入らなければなりません。この理想の園とは、人間たちが神様の栄光を現すことができると同時に、喜びに陶酔して生きることのできる世界です。

 言い換えれば、人間が動ずれば万物が動じ、人間が静ずれば万物が静じ、人間と万物が動じ静ずると同時に、創造主、神様も動じ静ずることのできる世界です。そればかりでなく、相対的な神様と人間の関係を超越して、一致することのできる理想の園なのです。

 神様は人間たちがこのように御自身と一つになることを願われ、一つとなった中で素晴らしい愛を中心として喜びに酔うその一場面を描かれながら、そのような世界を創造してこられたのです。ところが人間たちが堕落することによって、これが自分たちの怨恨となると同時に、天倫の怨恨となり、堕落以後今日まで、この怨恨に怨恨を重ねる悲しみの歴史をたどってきたのです。

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