- 1970年1月1日
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いい朝ですね。
天に向かう一片丹心でもって私たちの体を従わせ、私たちの生命を捧げてお父様の手を捕まえ、 事情を申し述べることができ、残され得る息子・ 娘となることができるように。
天一国2年天歴8月19日
今日の訓読み言葉
神と一つになった生活は、一つの偉大な生き方であります。それは、神と共にある生活、神にある生活、 そして神があなたの中に生きておられる生活です。これは、 イエスが「わたしが父におり、父がわたしにおられる」( ヨハネ一四・一〇)と言われた状態であります。 神と人間とは焼き尽くすような愛で一つに抱き合うでしょう。 それが、神が生きた実在としておられる状態なのです。 もはやあなたは、信じるのではなく知るのであります。
そして真理に生きるのであります。もし、本当にこの種の愛を体験し、 このような神との一体感を体験したならば、 あなたは人生における最高の体験を味わったということになるので す。皆様方の中にも、 多くのキリスト教の指導者の方がおられると思います。 しかしその中で、何人の人が神の深い愛を受けて、 この素晴らしい体験をもったことがあるでしょうか。 - 1970年1月1日
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おはようございます。
祈祷とは縦的な絆を結ぶためのものであり、精誠は横的な絆を拡大するためのものです。
天一国2年天歴8月18日
今日の訓読み言葉
いつも自然を愛さなければなりません。自然を愛さなければならないのです。また、 人間を愛さなければなりません。人間の中でも、 五色人種をすべて愛さなければなりません。「ああ、 私は白人たちだけが好きだ」と、神様がそのように言いますか。 そうであれば、すべて白い服のみ着なければなりません。 白人たちはみな、白い服のみ着なければなりません。 色の付いた服は、すべて捨てなければならないのです。 黒い服をどうして着ますか。色の付いた服をどうして着ますか。 矛盾しているのです。(133-30, 1984.7.1)
神様が造られたすべての存在を愛の対象として感じなければなりません。すべて、虫けらまで愛し、人はいうまでもなく、 すべての天にあるものまで、無形のもの、 有形のものを愛することができ、 愛を受けることができる皆さんにならなければなりません。朝、 鳥が「ちゅんちゅんちゅん」と鳴くときは、「やい、このすずめ、 私が朝寝しようとするのに何でちゅんちゅん鳴くのか」 と言わないで、「ああ、お前、有り難い、ああ、 私を起こしに来たのだろ、 大切なお客様が私に会いに来るのをお前が教えてくれるのか」と、 このように考えなければなりません。思想が違うのです。 これが偉大なのです。(112-219, 1981.4.12) - 1970年1月1日
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おはようございます。
違う顔で
同じ希望で
同じ船に乗っている
私達。
今日は生涯最高の日になりますように。
天一国2年天歴8月17日
今日の訓読み言葉
人がなぜ生まれたのか、ということを知らなければなりません。人は、知識や権力ゆえに生まれたのではありません。人は、 愛ゆえに生まれ、また、愛から生まれました。それでは、 愛は何ゆえにそのように偉大なのでしょうか。
それは、生命の源泉であるからです。
皆さんは、父母の愛の中から生まれたのです。お金を数えたり、知識を追求する所から生まれたのではありません。 このように愛の中で生まれたので、 愛によって結実しなければならないのです。ですから、 子女が必要なのです。
夫婦が一つとなり、息子、娘という相対がいるとき完全なのです。人間自身も愛を離れては存在することができません。ですから、「 私」という存在は、愛を根本として生きていくのです。 すべての万物も、 その存在の始まりが神様の愛から出発しています。 - 1970年1月1日
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おはようございます。
今日は最高の日にしましょう。
天一国2年天歴8月16日
今日の訓読み言葉
いつも自然を愛さなければなりません。自然を愛さなければならないのです。また、 人間を愛さなければなりません。人間の中でも、 五色人種をすべて愛さなければなりません。「ああ、 私は白人たちだけが好きだ」と、神様がそのように言いますか。 そうであれば、すべて白い服のみ着なければなりません。 白人たちはみな、白い服のみ着なければなりません。 色の付いた服は、すべて捨てなければならないのです。 黒い服をどうして着ますか。色の付いた服をどうして着ますか。 矛盾しているのです。(133-30, 1984.7.1)
神様が造られたすべての存在を愛の対象として感じなければなりません。すべて、虫けらまで愛し、人はいうまでもなく、 すべての天にあるものまで、無形のもの、 有形のものを愛することができ、 愛を受けることができる皆さんにならなければなりません。朝、 鳥が「ちゅんちゅんちゅん」と鳴くときは、「やい、このすずめ、 私が朝寝しようとするのに何でちゅんちゅん鳴くのか」 と言わないで、「ああ、お前、有り難い、ああ、 私を起こしに来たのだろ、 大切なお客様が私に会いに来るのをお前が教えてくれるのか」と、 このように考えなければなりません。思想が違うのです。 これが偉大なのです。(112-219, 1981.4.12) - 1970年1月1日
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ナマステ。
あなたと共にいって私は幸せです。
天一国2年天歴8月15日
今日の訓読み言葉
天のみ旨を中心とした一人の旗手となり、ありったけの力を尽くして叫ぶとき、 その叫びが地だけではなく天に及びうるときになりました。 イエス時代よりましなのです。イエス様は、 ゲッセマネの園で夜を明かしながら祈りましたが、 その三回の祈りにも反応がなかったのです。 民族はもちろんであり、ユダヤ教会も反応がありませんでしたが、 今我々のときは、それとは違います。 自分が死を覚悟して立ち上がるようになれば、 反応を引き起こすことができる群が、 国家を超えて世界にいくらでもいます。 我々はこのようなときに処しているのです。
天の同情が臨んだのであり、それゆえ復活するようになったのではありませんか。皆さんは、 それを知るべきです。そのような時が今です。 - 1970年1月1日
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おはようございます。
ナマステ。
今日があなたにとって一番いい日になりますように。
天一国2年天歴8月14日
今日の訓読み言葉
お互いを認め合い助け合って生きる、これが宇宙の真理です。取るに足りない動物もそのことを知っています。 犬と猫は仲が悪いといわれていますが、 一つの家で一緒に育ててみると、 お互いの子を抱きかかえ合って親しくなります。 植物を見ても分かることです。木に絡(から) まって上に伸びていく葛(くず)は、 木の幹に寄り掛かって育ちます。だからといって、木が「 おまえはなぜ私に巻き付いて上がっていくのか」と葛(くず) を責めたりはしません。
お互いに為に生きながら、共に生きることがまさに宇宙の原理です。この原理を離れれば、 必ず滅亡するようになります。今のように民族どうし、 宗教どうしが相互に罵(ののし)り合って、 争うことが続くとすれば、人類に未来はありません。 絶え間のないテロと戦争によって、ある日、 吹けば飛ぶ埃のように消滅してしまうでしょう。 しかし希望が全くないのではありません。 もちろん希望はあるのです。 - 1970年1月1日
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おはようございます。
ナマステ。
今日があなたにとって一番いい日になりますように。
天一国2年天歴8月14日
今日の訓読み言葉
お互いを認め合い助け合って生きる、これが宇宙の真理です。取るに足りない動物もそのことを知っています。 犬と猫は仲が悪いといわれていますが、 一つの家で一緒に育ててみると、 お互いの子を抱きかかえ合って親しくなります。 植物を見ても分かることです。木に絡(から) まって上に伸びていく葛(くず)は、 木の幹に寄り掛かって育ちます。だからといって、木が「 おまえはなぜ私に巻き付いて上がっていくのか」と葛(くず) を責めたりはしません。
お互いに為に生きながら、共に生きることがまさに宇宙の原理です。この原理を離れれば、 必ず滅亡するようになります。今のように民族どうし、 宗教どうしが相互に罵(ののし)り合って、 争うことが続くとすれば、人類に未来はありません。 絶え間のないテロと戦争によって、ある日、 吹けば飛ぶ埃のように消滅してしまうでしょう。 しかし希望が全くないのではありません。 もちろん希望はあるのです。 - 1970年1月1日
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おはようございます。
天一国2年天歴8月13日
今日の訓読み言葉
軟弱な私たちがお父様の前にひざまずき、天性に向かっていることをお父様がご存じであられるので、 たとえ私たちの体が俗なるところに捕らわれ、 永遠であられるお父様の恩賜を遮っているとしても、 私たちの体が、世俗的なすべてのものを屈伏させ、 あなたの形状を私たちの心と体を通して表すよう許諾してくださり 、またそのような摂理のみ旨と、摂理の恩賜と摂理の愛が、 私たちに連なっていることを心で感じ体で感知することができます よう、お父様、役事してください。私たちの心は、 きょうも絶対的な善に向かって走っていますが、 体は世俗的なものを得ようと、心に対し絶え間なく反撃を加えているということを感じるものです。
そうですので、お父様、私たちの心と体が、お父様のみ旨を中心として一つとなるよう許諾してください。 そうして、 お父様と私たちとの心情のすき間を打開してくださって、 サタンが運行することのできる足場を、 私たちの心と体から完全に除いてくださいますことを、お父様、 懇切にお願い申し上げます。 - 1970年1月1日
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おはようございます。
天一国2年天歴8月13日
今日の訓読み言葉
軟弱な私たちがお父様の前にひざまずき、天性に向かっていることをお父様がご存じであられるので、 たとえ私たちの体が俗なるところに捕らわれ、 永遠であられるお父様の恩賜を遮っているとしても、 私たちの体が、世俗的なすべてのものを屈伏させ、 あなたの形状を私たちの心と体を通して表すよう許諾してくださり 、またそのような摂理のみ旨と、摂理の恩賜と摂理の愛が、 私たちに連なっていることを心で感じ体で感知することができます よう、お父様、役事してください。私たちの心は、 きょうも絶対的な善に向かって走っていますが、 体は世俗的なものを得ようと、心に対し絶え間なく反撃を加えているということを感じるものです。
そうですので、お父様、私たちの心と体が、お父様のみ旨を中心として一つとなるよう許諾してください。 そうして、 お父様と私たちとの心情のすき間を打開してくださって、 サタンが運行することのできる足場を、 私たちの心と体から完全に除いてくださいますことを、お父様、 懇切にお願い申し上げます。 - 1970年1月1日
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天一国2年天歴8月12日いくら自分が暮らしているその国が良いといっても、
一日の勝利基準をもてなければ天国に行くことができず、 一年の勝利基準をもてなければ永遠の世界に入ることができないの です。それゆえ、 信仰者は永遠を夢見ていくことも重要でしょうが、 それより重要なことは、 現実においてどのように悪を清算して善の旗手(きしゅ) になるかということです。このような問題が何よりも重要です。
このような点から見るとき、アダムの瞬間的な失敗が億千万年の恨を残してきたのです。 アダム家庭で、カインとアベルが父母の恨を解いて、 兄弟の壁を崩して、 一つの家庭の起源をつくらなければなりませんでした。 このように、 復帰摂理の代表として立てられたアベルが死んだのも、 瞬間的な事件でした。














