
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
□名だけ先生の代わりにならずに、責任、心情において先生の代わりにならなければならない。
天一国2年天歴5月21日
今日のみ言葉
イエス様が罪を70回まで許してやれというのは
「メシヤと我々」
◇聖書を読めばイエス様はこういうことを言っている。「罪を犯した場合は7回、70回まで罪を許してやれ」。イエス様が罪を70回まで許してやれというのは、サタン圏内にある人をいかなる犠牲を払っても解放する、そういう目的が成されるまで果たせという言葉である。それだけの包容力、それだけの慈悲心を持っているならば実に愛の者に違いない。イエス様はそういうような神の子である。その父親が神様である。だからといって神様は、サタンを許すことはできない。それだけの心を持った神様であるなら、なぜサタンを怨讐視するか?
サタンが犯した罪を一挙に許してやればいいじゃないかと思われる。しかしサタンを、神様はいまだに怨讐視する。何の罪を犯したのか? 人間は今まで分からなかったけれど、それは許すことができない。何の罪を犯したか?・・・・・
サタンは人間が罪を犯した場合、神の前に讒訴して自分の所に引っ張ってくる。サタンも罪を犯したならば、サタンが犯したその罪を人が引っ張り出し、
神に讒訴した場合には、絶対なる公的な審判官である神はサタン自体を裁かなければならない。
そういう立場に神様が立つことができるか、立つことができないか、と思ってみた場合に、それは当然、同じ公式によって堂々と立ち得る。サタンがこういう罪を犯したと、讒訴し得るその者が今まで歴史的に生まれてこなかった。これが問題である。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
□名だけ先生の代わりにならずに、責任、心情において先生の代わりにならなければならない。
天一国2年天歴5月21日
今日のみ言葉
イエス様が罪を70回まで許してやれというのは
「メシヤと我々」
◇聖書を読めばイエス様はこういうことを言っている。「罪を犯した場合は7回、70回まで罪を許してやれ」。イエス様が罪を70回まで許してやれというのは、サタン圏内にある人をいかなる犠牲を払っても解放する、そういう目的が成されるまで果たせという言葉である。それだけの包容力、それだけの慈悲心を持っているならば実に愛の者に違いない。イエス様はそういうような神の子である。その父親が神様である。だからといって神様は、サタンを許すことはできない。それだけの心を持った神様であるなら、なぜサタンを怨讐視するか?
サタンが犯した罪を一挙に許してやればいいじゃないかと思われる。しかしサタンを、神様はいまだに怨讐視する。何の罪を犯したのか? 人間は今まで分からなかったけれど、それは許すことができない。何の罪を犯したか?・・・・・
サタンは人間が罪を犯した場合、神の前に讒訴して自分の所に引っ張ってくる。サタンも罪を犯したならば、サタンが犯したその罪を人が引っ張り出し、
神に讒訴した場合には、絶対なる公的な審判官である神はサタン自体を裁かなければならない。
そういう立場に神様が立つことができるか、立つことができないか、と思ってみた場合に、それは当然、同じ公式によって堂々と立ち得る。サタンがこういう罪を犯したと、讒訴し得るその者が今まで歴史的に生まれてこなかった。これが問題である。
- 1970年1月1日
-
□神様の胸を感動で締めつけるようにしなさい。神様が同情してくださる立場に立てばいつも解けていく。
天一国2年天歴5月20日
今日の訓読のみ言 
真の後継者
賢い者はひとたび歩み始めた道を全うします。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみあります。先生も神の道を行きながら、常に第一の道のみを行こうとしてきました。み言に関しても、自分に従ってくるものたちのためにも、何度も何度もあり得る限りの慎重さをもって、正しいかどうかを吟味せんとしました。
実験室の研究者が、何か新しい発見をせんとする時に、その理論が本当に正しいかどうか絶対的に確実にしようとして、何度も何度もテストを重ねた末、それから世界に発表しようとするように、先生もすべてを絶対的に確実にするためには、自らの歩む全路程を通して、徹底的に実験し試験し尽くしました。それを通してこの世界のすべての真理を解明せんとしたのです。あなた方も既に神への誓約書に署名した兵士として、中途半端な道を行くことなく、最後までひたすら前進してほしいものです。そして「私は先生以上に行きたい、先生と競争して打ち負かしたい」とそういう人物の現れることを先生は待っています。
先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。
破滅へと運命づけられているかのような世界をあとに残すのでなく、何としても復活していく世界を残したいと願っている先生ですから、生きているうちにこの運動の基盤を完成していくために、自分の生涯においてありとあらゆる苦難、頭の痛いこと、苦々しいこと、嵐のごとき非難、迫害等良くないことのすべてを一身に受けることを決意して、「どうか我にすべての重荷を負わしめ給え」と祈っている先生です。
そうすれば、あなた方の時代、あなた方を中心とした時代が来る時には、もはやそれらを過去のものとして、この運動は興隆していくことでしょう。あなた方も迫害の中にあって、「これ以上迫害されるのなら去ったほうがましだ」と考えるか、それとも「迫害が大きければ大きいほど、より大きな責任や使命をもつことであるし、より大きな挑戦をしてより大きな実績を上げ得るということだ、よし私が全部引き受けて処理しよう」と考えるか、いずれか二つの立場があります。
- 1970年1月1日
-
□神様の胸を感動で締めつけるようにしなさい。神様が同情してくださる立場に立てばいつも解けていく。
天一国2年天歴5月20日
今日の訓読のみ言 
真の後継者
賢い者はひとたび歩み始めた道を全うします。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみあります。先生も神の道を行きながら、常に第一の道のみを行こうとしてきました。み言に関しても、自分に従ってくるものたちのためにも、何度も何度もあり得る限りの慎重さをもって、正しいかどうかを吟味せんとしました。
実験室の研究者が、何か新しい発見をせんとする時に、その理論が本当に正しいかどうか絶対的に確実にしようとして、何度も何度もテストを重ねた末、それから世界に発表しようとするように、先生もすべてを絶対的に確実にするためには、自らの歩む全路程を通して、徹底的に実験し試験し尽くしました。それを通してこの世界のすべての真理を解明せんとしたのです。あなた方も既に神への誓約書に署名した兵士として、中途半端な道を行くことなく、最後までひたすら前進してほしいものです。そして「私は先生以上に行きたい、先生と競争して打ち負かしたい」とそういう人物の現れることを先生は待っています。
先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。
破滅へと運命づけられているかのような世界をあとに残すのでなく、何としても復活していく世界を残したいと願っている先生ですから、生きているうちにこの運動の基盤を完成していくために、自分の生涯においてありとあらゆる苦難、頭の痛いこと、苦々しいこと、嵐のごとき非難、迫害等良くないことのすべてを一身に受けることを決意して、「どうか我にすべての重荷を負わしめ給え」と祈っている先生です。
そうすれば、あなた方の時代、あなた方を中心とした時代が来る時には、もはやそれらを過去のものとして、この運動は興隆していくことでしょう。あなた方も迫害の中にあって、「これ以上迫害されるのなら去ったほうがましだ」と考えるか、それとも「迫害が大きければ大きいほど、より大きな責任や使命をもつことであるし、より大きな挑戦をしてより大きな実績を上げ得るということだ、よし私が全部引き受けて処理しよう」と考えるか、いずれか二つの立場があります。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
□今日の私は過去の延長であり、現在の集約体であり、未来の出発体である。
天一国2年天歴5月19日
今日のみ言葉
◇君たちは三年以内に三名以上、十二名までの霊の子女を復帰しなければならない。イエス様は、三年間に十二弟子を見つけられた。だから君たちも三年間に、イエス様の十二弟子の蕩減復帰をしなければならない。まず、十二人の霊の子女を見つけることである。しかし君たちにぜひ知って欲しいことは、イエス様でさえその三年の末に、十字架にかかる時、十二弟子は逃げ去ってしまったということである。君たちはどの点からも、イエス様より勝らなければならない。君たちは、自分自身が十字架につくような時にも、決して逃げ去ることのない十二人の霊の子女を見つけなければならない。
一つの魂を救うことがどれほど困難なことか、君たち、良くわかるだろう。その経験を通して、先生が復帰のためにどれほど困難な路程を歩んできたか、良くわかるだろう。伝道もまた公的生活、無私の生活をしなければできない。聖書に『一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただの一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる』とあるように、他者を生かすために自分を無にし、犠牲となって行なうのである。すべてのエネルギーを排出して自分を死なせ、その中から新しい生命が誕生するのである。それが伝道である。
だからこの期間はしっかりロープにつながって、公的生活をしなければならない。サタンも神も我々をじっと凝視しているのである。もしそれができないと、サタンが君たちを釣り上げて『これはわしの子だ。神よ、これはお前の子ではなく、自分のものだ』と言って、とりあげてしまうのである。
またある人が先生のところにきて『伝道にどれほど力を入れて働けば良いのでしょうか』と質問したとすると、それに対して『君たちは最前線で一生懸命頑張って、わずかなものを得ることがどれほどの苦労か良く知っているだろう。伝道に人のいてはそれ以上に一生懸命働くのである』と先生は答える。実際、前線の伝統は統一教会の運動の基準を定めるものである。なぜなら万物を復帰するには、大変な努力を注入しなければならないからである。だから万物以上に貴い人間を復帰するには、それ以上の力を注がなければならないことがわかるだろう。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
□今日の私は過去の延長であり、現在の集約体であり、未来の出発体である。
天一国2年天歴5月19日
今日のみ言葉
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
明日15日は阿部院長をお迎えしてFFをVIP中心に行います。
今のN参加者は25人です。
21日は祝福式に今3家庭です。必ず14組まで勝利しましょう。
天一国2年天歴5月17日
今日の訓読のみ言
真の後継者
◇賢い者はひとたび歩み始めた道を全うします。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみあります。先生も神の道を行きながら、常に第一の道のみを行こうとしてきました。み言に関しても、自分に従ってくるものたちのためにも、何度も何度もあり得る限りの慎重さをもって、正しいかどうかを吟味せんとしました。
実験室の研究者が、何か新しい発見をせんとする時に、その理論が本当に正しいかどうか絶対的に確実にしようとして、何度も何度もテストを重ねた末、それから世界に発表しようとするように、先生もすべてを絶対的に確実にするためには、自らの歩む全路程を通して、徹底的に実験し試験し尽くしました。それを通してこの世界のすべての真理を解明せんとしたのです。あなた方も既に神への誓約書に署名した兵士として、中途半端な道を行くことなく、最後までひたすら前進してほしいものです。そして「私は先生以上に行きたい、先生と競争して打ち負かしたい」とそういう人物の現れることを先生は待っています。
先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。
破滅へと運命づけられているかのような世界をあとに残すのでなく、何としても復活していく世界を残したいと願っている先生ですから、生きているうちにこの運動の基盤を完成していくために、自分の生涯においてありとあらゆる苦難、頭の痛いこと、苦々しいこと、嵐のごとき非難、迫害等良くないことのすべてを一身に受けることを決意して、「どうか我にすべての重荷を負わしめ給え」と祈っている先生です。
そうすれば、あなた方の時代、あなた方を中心とした時代が来る時には、もはやそれらを過去のものとして、この運動は興隆していくことでしょう。あなた方も迫害の中にあって、「これ以上迫害されるのなら去ったほうがましだ」と考えるか、それとも「迫害が大きければ大きいほど、より大きな責任や使命をもつことであるし、より大きな挑戦をしてより大きな実績を上げ得るということだ、よし私が全部引き受けて処理しよう」と考えるか、いずれか二つの立場があります。
- 1970年1月1日
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おはようございます。
□運命を怖がる人は運命に食われてしまう。しかしその運命にぶつかっていく人には運命が道を避けてくれるのである。
天一国2年天歴5月16日
今日のみ言葉
神様から密使の特命を受けている私
◇私たち責任者たちの中で、すなわち祖国の主権回復のため核心の要員であり、精鋭の要員だと言える人たちが、果たしてどれくらいいるでしょうか。祖国の主権回復のため、天の特使の使命を成すために召命を受けて、担った責任を現地で果たす一存在だと自認できる人たちが、どれくらいいるでしょうか。
皆さんが今後どのような心をもって地域に行かなければならないでしょうか。
新しい密使の使命を受けるためにここに召命されたという事実を知って、内的に深く誓わなければなりません。そうして自分の地域に行って、密使の使命を完結しなければなりません。環境を開拓して、自分が絶対的な権限を成し遂げるようになるとき、そこで地域の人たちと共に初めて天の特使の使命を果たすことができるのです。
私たちは、スパイの生活をするように、その環境で一言であっても同化されてはなりません。行動するにおいても同化されてはなりません。時をおいてその環境で、またその部落ならば部落、地域ならば地域など、全体の前に何かを残してあげることができ、利益となる多くの問題を提示する人として認められなければならないのです。密使として責任を負わなければならない使命分野以上の基準を立てなければなりません。そのような立場で命令し、決意し、約束して、新しい運動を展開しなければならないのです。
では、密使はどのような態度を取らなければならないでしょうか。自分の生死が問題ではありません。密使はいつも生死の脅しを受けており、死がいつもその前をふさいでいます。ですから生死の境界線で死を踏んで越えた立場にいる、神様の代身なのです。密使は国境線を越えるのと同じような冒険の世界で、死の足場を踏みつけることのできる確固たる生活態度を取らなければならないのです。
今日私たちが新しいみ言を伝えるにおいて、み言一つだけを伝えてはなりません。まず人間的な面で手本となり、生活的な面で手本となり、行動的なすべての面で
手本とならなければなりません。すなわち、その村で上下関係やすべてに、
彼らの前に手本とならなければならないのです。どのような面でも、彼らより劣(おと)ってはならないのです。
彼らが「あの人は我々の村に本当に必要な人だ」と言って、自分が離れようとするとき、すべての部落が一致団結してそのまま住んでくれることを願う基盤をつくらなければなりません。
こういう立場で皆さんが、これから新しい時代を迎えて、いかなる姿勢を備えなければならないでしょうか。祖国の主権復帰のための信念が、何よりも高く胸の中に燃えなければなりません。密使は、いつも祖国のために生きる人です。
神様が願われる祖国の主権を取り戻さなければなりません。新しい人類の祖国の主権を取り戻さなければなりません。永遠な生命を保護してくれる私たちの祖国を探すという観念が、何よりも高く胸の中に燃えなければなりません。
神様は、どのような方でしょうか。神様は密使の大王です。祖国の主権復帰のために、サタン世界に現れる密使の大王であり、総司令官です。自分のために生きることは、その時は良いようですが、滅びるのです。しかし密使の使命を果たすことは滅びるようですが、必ず天の主権が彼と共に成すために滅びることがないのです。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
□神様に従っていく皆さんは先生がなさることに対して平面的な意見のみで騒いではならない。
天一国2年天歴5月15日
今日のみ言葉
良心は真の父母、真の師、真の主人
◇、神様の創造は、実に神秘で奥深さにあふれています。人間を、御自身の子女として創造され、万物の霊長として立てられた神様は、人間に「良心」という、最高、最善の贈り物を下さいました。
人間が地上界で一生を航海するのに必要な羅針盤として下賜されたものが、良心という特別な贈り物です。
よく人生100年と言いますが、人間は誰彼を問わず、生まれて死ぬ瞬間まで、良心の作用圏を抜け出すことはできません。
世の中では、良心をだましながら、体の言うとおりにあらゆる詐欺、謀略、中傷をしてお金を集める者たちが大勢いますが、そのようにしてお金を集めれば、かえってお金が彼らを打つのです。審判の棍棒になるのです。霊界でも同じことです。
皆様、良心は、父母に優り、師に優ります。多くの人々がそのような価値を知らずにいます。体が良心を思いどおりにしているということです。堕落した世界、享楽の世界では、そうです。お金にばかり頼って暮らせば、享楽に流れていってしまいます。
そして、良心の作用の中で、最高、最上の機能が正に、真の父母、真の師、真の主人の役割の機能です。 言い換えれば、良心は、私たちが生まれたときから真の父母、真の師、真の主人の位置で私たちの生を指導し、教育する、神様の代身者であるということです。
私たちの一挙手一投足を一時も逃すことなく導き、監視する責任が良心の機能だということです。ですから、良心は、私たちのすべての言行はもちろん、考えまでも父母よりも先に知り、師より先に知り、神様よりも先に知るのです。神様が、人間の人生を指導し監視する本源的な機能を、良心に伝授してくださったからです。
ところで、水晶のように清く透明でなければならない人間の良心に、堕落性の垢がつき、今まで様々な罪悪と疾病の中で本来の機能をすべて発揮できずにいるのです。したがって、サタン主管圏のこの邪悪な世界から一日でも早く解放・釈放を受けたいと、泣き叫んでいる良心の声を聞ける皆様にならなければなりません
皆様は今や、真の父母を信じて従いさえすればよいのです。良心の羅針盤に従い、真の父母、真の師、真の主人の位置を確保し、永生を保障する真の愛の人生を実践躬行してください。皆様の門出に天運が共にあり、皆様の祝福を受けた善なる先祖たちも、皆様の活動に積極的に協力するでしょう。勇気をもって前進的発展を促進してください。
- 1970年1月1日
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おはようございます。
□「私の力でやれることはすべてなしました」という基準を立てるのが一番重要である。
天一国2年天歴5月14日
今日のみ言葉
血統の重要性
◇ アダムとエバの堕落以来、歴史を通して神様にとって最も胸痛い恨として残されてきたものとは何であるか御存じでしょうか。天の血統圏を失ってしまい、兄弟圏と所有権まで失ってしまった事件です。生命とも取り替えることのできないこの血筋を失ってしまいました。真の生命と真の愛の実を結ぶことができなかったのです。地球星を覆っている65億の人類が、天とは何の関係もないサタンの実に転落してしまったのです。
皆様、生命より貴く、愛よりも重要なものが血統です。生命と愛が合わさって創造されるものが血統です。これらのうち、生命がなくてもできず、愛がなくても血統は創造されません。愛、生命、血統のうち、その実りが血統なのです。神様の血統の中には、真の愛の種が入っていて、真の生命の体が生きています。
したがって、この血統と連結されれば、神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには、神様の祖国、理想国家も出現するのです。平和理想世界王国は、このように絶対「性」の関係を通して創建されるのです。
皆様、血統の重要性は、いくら強調してもしすぎることはないということを、皆様も肝に銘じてください! 父子の間の関係こそ、あらゆる関係の中で最高、最上の関係だからです。神様の血統を伝授してあげ、永存させることのできる唯一の道は、正に父母と子女の間のモデルとしての血統関係しかないという事実を、はっきりと知らなければなりません。
しかし、その場に現れたのは、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統でした。神様の愛と生命と血統が愛の怨讐である姦夫、サタンの所有権に落ちてしまったのです。天地が真っ暗な地獄に変わってしまい、神様までも姿を隠される、そのような凄絶な世界になってしまった事実を、人間は今まで知らずに生きてきました。怨讐の血統が生命線であるかのように錯覚し、そこに命を懸けて生きている群像こそが、今日の堕落の末裔となった人類の悲しい姿なのです。それで、この世界を地上地獄と呼ぶのです。
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