教会NEWS

2014年5月10日
おはようございます。
いい一日になりますように。
□現実の苦しみを無視し、未来の幸福のために絶えず進むところに発展は訪れる。

天一国2年天歴4月12日
今日の訓読のみ言

◇勝利したヤコブになろう

 ヤコプは21年を闘い抜いて、そしてまた天使を勝ち抜いたあとでイスラエルという勝利の名を受けることができた。神の国を建てようとする人は、みんなこのような道を歩かなければならない。モーセもそういう目的のために、120年の間一人で闘ったのである。神が悪の勢力を打つ以前に、我々がその願望を成し遂げてあげなければならないのが本当である。もし、神がお一人で悪の世界を処理することができるとするならば、人間は何のために必要であろうか!それゆえに我々は、神の身代わりとなって悪を打ち砕き、勝利の一日を迎えなければならないのである。途中で倒れては何にもならない。
 もし、ヤコブが天使と相撲をとる時、”あー、やりきれない。

   誰かが助けてくれないのかなあ!”というような弱い考えを抱いたならば、どうなったでありましょうか?神は確かにしょうのないやつだ!と嘆いたに違いない。しかし、ヤコブは自分一人で闘い抜いてそれに勝ったのである。それでイスラエルという、勝利という意味の名前を受けることができたのだ。
 このような勝利を得るためにヤコブは、腰の骨まで打ち砕かれたではないか!我々は命を懸けて天使と闘ったヤコブの姿を想像してみる必要がある。彼は勝つまで決して相撲の手を放さなかった。我々にもそのような、最後まで頑張る根強いところがなければならない。
 天国に入るためには、サタンに打ち勝ったという証明がなければならない。その証明書がなければ天国に入ることができないのである。
けれども我々がサタンに打ち勝とうとする時、サタンはそのままいるのではない。最後まで抵抗し反対するのである。このようにサタンがしつこく反撃するために、神はそこに関心をもたなければならないようになるのである。神の道を歩く時には、ありとあらゆる困難にぶつかる。

   皆さんは女の人が子供を産む光景を見たことがあるか?女は歯をくいしばり死を覚悟してある力全部を懸け子供を産むのである。今、我々統一教会の人たちはそのような立場のもとにいる。
2014年5月9日
おはようございます。
いい朝ですね。
今日の一日が皆さんの取って最高の一日になれますように。
□先駆者が成功すれば従う者も勝利するのである。

天一国2年天歴4月11日
今日の訓読のみ言

◇今、先生があなたたちに一番心配するのは、宗教という観念が薄らいでいくことです。それは恐ろしい。非常に心配している。現実的生活が増えてくると、そういう傾向になりやすい。本来、先生があなたたちとこういう集会を行うときでも、ちゃんと祈って、賛美歌を歌ってやるほうがいいんだね。しかし、環境が違うからこうしているが、何か会議に入るときも、いきなり始めてはいけない。

 いつも正式な教会儀式が必要である。分かりました?外的な活動だけに力を注いではいけば宗教観念が薄らいでいく。それは大変なことである。そうなれば、霊界の援助圏が完全に切られるというんだね。霊界が我々と関係なくなってしまう。だから、いつでも霊界を引っ掛けて、人間が集まらなければなりません。それは創造の原理なんだね。霊界と地上界は親子関係になっている。それをはっきりしておかなければなりません。

 先生自体もそうだよ。こういう生活をしていても、必ず静かな所へ行って整備しておく。そういうふうにして二十四時間いつでも、本心のコースに自分なりに帰ることのできるような訓練が必要だというんだね。釣りをしていても、大きな魚を獲った場合には、「君偉いよ。魚の歴史のうちで、先生に釣られた最初の魚だろう」と、天的に捧げられた第一の捧げ物として捧げる。そういうふうに考えて、式をやるんだよ。先生が山で、猪を獲った時なども、ちゃんと条件を立たせておる。それは宗教生活の本質である。今はサタンと闘っている時だよ。一線に立って闘った環境に触れた場合には、みんな心情的原因を正して、整備しておかなければなりません。それはいつでも必要だ。先生だにそうやっているのに、あなたたちは毎日、それを考えなくてはいけないよ。そうでないと、習慣性がついてしまったら大変なことになる。「宗教なんかもう入りたくない。あの団体なんかもう入りたくない」と、皆さんは人々から言わないようにしなさい。自分一人で、ちゃんと祈る時間を設けて、整備して、元に
返す訓練が必要だよ。分かりました?

 だから、堕落観念をいつももたなければなりません。
分かりました? それをもたないと、とんでもないことになる。それが失われて、習慣性になると、恐ろしいことになる。神も霊界も関係をもつことができなくなる。我々は心情世界とは何ら関係ないことになります。分かりました? (はい)。 だから、我々は、堕落圏にいるという自覚をいつでももたなければなりません。食事をするときもその観念を忘れてはいけません。何をするときも、その観念を忘れてはなりません。
2014年5月8日
おはようございます。
□神様に対して不平を言うな。その不平は解くことができない罪禍となる。

天一国2年天歴4月10日
今日のみ言葉
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◇家計の帳簿を整理するときにも、収入がいくらで支出がいくらかを正確に決算します。このように帳簿を整理するときにも、収支計算を徹底してやるのに、皆さんの人生はどうですか。一生の間生きたことを収支決算してみましたか。赤字ですか、黒字ですか。赤字ならば地をたたいて痛哭しなければなりません。

 人は死ぬ場において、楽しく歌を歌って死ぬことができなければなりません。ところで、死を前にして生きようともがくことは、赤字の人生だという証拠です。
私たちは絶対性を中心として、心情の世界において黒字の人生を生きなければなりません。
 
1970年1月1日
おはようございます。
毎日、健康のため運動する習慣を持ちましょう。
□名だけ先生の代わりにならずに、責任、心情において先生の代わりにならなければならない。

天一国2年天歴4月9日
今日のみ言葉

◇聖書に、最後まで耐え忍ぶ者は、勝利するとあります。私の歴史において、使命を遂行する時に神から「私はあなたを知ってもいない。」と言われた時がありました。あなたの責任分担においてさえも神が反対し、試練する時があります。その時じっと忍耐し、神の与えた試練に打ち勝つように努力しなければなりません。そうすれば神が降参して、「この人こそ、私のすべてを相続できる者である。」と言うでしょう。

 そして、神と私との間に契約が結ばれるのです。神は、「あなたこそ、私が人類歴史をかけて探してきた人である。私は、神に「私は、永遠をかけてもあなたを探し求めたいと思っておりました。そして今、私は、あなたが、私の父、天にいます私の父のことを知りました。」と言うでしょう。そして、両方の間で、誓約がかわされるのです。それは、父と子の誓約です。

 神は、そんなに簡単に『神の子』という称号を与えません。
神の息子にふせわしく、人類歴史の勝利者でなければなりません。人類の全ての負債を復帰できる立場にいなければなりません。その人は、貴重なかけがえのない個人です。だからこそ神は、この一人の人物を探し出すのに、数千年の年月を費したのです。

 レバレント・ムーンの誇りは何でしょうか。私は、ただ一つを除いて、他に何も誇るものはありません。それは、すなわち「神は、私の父である。」ということです。ですからレバレント・ムーンは、神のすべての愛の受取人であり、神の愛の通る徑路になったことを誇りに思っています。私は、神の愛の受ける神の国を相続することを誇りに思います。

 エデンの園において、人間にとって、最初で最大の願いは、神の愛を受けるにふさわしい人物となることでした。彼らは、神の国の相続者となる予定でした。蕩減の法則と復帰路程を通して今、私は、全世界に神と人類の本来の願いは、人間によって達成されたと高らかに宣言したいのであります。

 
神は、この世にその人を打つことを許しています。彼らは、その行為によって、自らの祝福を失い、あきらめているのです。そしてその祝福は、レバレント・ムーンに行くことになるのです。その行為は彼らにとって、自らの祝福を譲り渡す橋を築いていることになり、神から受ける祝福を自ら放棄していることになるのです。これは、終末時代の現象です。
1970年1月1日
おはようございます。
◇神様がアダムとエバを創造したのと同じように、創造主の立場でその喜びを感じさせるためのものが子女なのです。

天一国2年天歴4月8日
今日のみ言葉

その世界の根本を掘り返してみると、原則は簡単でした。その世界は、神様の天地原則の世界である、ために、生きた人だけが行く所です。そのような内容で形成された世界が、理想天国です。

 そこが、我々人間が訪ねるべき本郷です。今日、我々は堕落した人生として、本郷から追放された人間になったために、本郷の地に向かって帰るべき運命にあるのです。
しかしそこへは、その人間自体としては入ることができないために、神様は、人間が入ることができる道を歴史過程に設定せざるを得ません。

 それで、その民族の文化背景、風習、あるいは伝統が異なることによって、数多くの宗教を立てて収拾していきました。そのように収拾するための訓練場として立てたのが宗教です。ですから宗教は、本郷の地に入ることができる資格者を錬磨させる訓練場です。東西四方の文化背景によって高い所に前進することができる一つの統一された宗教世界を率いてきています。

 そのような本郷の所へ導くべき宗教であるために、宗教は何を教えているのでしょうか。「ため」に生きなさいということを教えていると言わざるを得ません。
そして、高次的な宗教であるほど、「ため」に生きるべきだという原則を強調しなければならず、「温柔謙遜」であれと言うのです。数多くの人を高め、彼らのためにする立場に立てというのです。

「犠牲奉仕せよ」と教えるのです。なぜでしょうか。本郷の地その国の法度に合う訓練をしなければならないからです。
1970年1月1日
アンニンハセヨ。
□道の世界での約束は絶対に守らなければならない。今日の訓読のみ言

天一国2年天歴4月7日
今日のみ言葉

◇「出発時の決意がすべてを決定する」

君達はいくら苦労して活動してその環境から追われでも、白分自体を神の前に永遠に残さなければならない。イエス様は外的に、十字架路程に消えていったのだけれども、内的に神の心情に焼き付いた基準は、神御自身報いざるを得ない。イエス様がそれを願わないと言っても、神の心情を抜き去ることはできない。イエス様は4000年の歴史上、最初の子供である。ここには300人近くいるだろう。この人たちがこういう決心だけするならば、日本43県の問題は吹っ飛んでしまう。勝利というものは過程において決まるものではなく、出発の時の内的基準によって決定された結果、表れてくるのが勝利である。これが分からなければならない。その勝利が、生死の境を何百回も見て成し得たものだという場合には、それを奪い返すためにはそれ以上の決意が必要である。神は永遠なる勝利、サタンも追いつけない勝利を願っている。

 賢い者はひとたび歩み始めた道を全うする。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみある。

 日本の現状にあって、まあ先頭に立って、厳しいつらい中を自分ながら苦労してきたけれど、これでいいだろうか、効果があるだろうか、と思うかもしれない。しかし先生にはちゃんと計算の世界がある。だから統一教会が教えているすべてのものが、歴史を動かし歴史に残っている。考えもしなかった、思ってもみなかったことをあなたたちに教えているんだよ。
日本でも、相当統一教会はうわさになっている。若い青年時代をみな費やして、苦労の道を重ねていったいどうしようか。やっと東大に入学して、親兄弟や知人からたたえられていたのに、統一門下に入って、家中がめちゃめちゃの結果になってしまった。そういう人がたくさんいる。しかし、男であるならば世界を舞台にしなければ狭い。いくら苦労しても、日本圏内における苦労は神の理想圏に入り得る苦労ではない。統一教会は何か。神の理想圏に入り得る基準を目的とするから、それを知った我々は、より大いなる価値を中心とせざるを得ないという結論に達する。
1970年1月1日
おはようございます。
一日一日を精誠を尽くして感謝して行きましょう。

□生きている者は発展するの
​​
が当然だ。生きた死体となってはいけない。

天一国2年天歴4月6日
今日のみ言葉

感謝せよ不平をいうな。
◇信仰生活においては文句を言うな。 あんたたちは、「もうできない」と言う。できるかできないかは死ぬまでやってみてから結論すべきことだよ。不平を言うのは、神を責めることだ。恩返ししなければならない人間の立場であるにもかかわらず、神に対してそういうことを言う立場には絶対に立つことができないのが我々人間である。 先生の今までの生涯がそうだよ。獄中に入れられても、拷問で血を吐き出すような立場に立っても、不平を言う男にはなれません。世界すべてが反対しても、サタン圏と緑が切れる、と思えば有り難いものだよ。怨讐圏がある場合には、一周するまで反対されるのが当然の道だよ。不平を言うな。感謝せよ。黙々と行かなければならない。P209

 だからもし、疲れ果てて、もう駄目だと思ったら、“神様、あなたは私よりも、もっと苦しんでおられます。主は私よりももっと苦しんでおられます。

私が今このようにして、いるだけでも感謝であります。命ある限り、体の中の血が最後の一滴になるまで、私はあなたのために行きます”というように考えるのです。あなた方がこのように考えて感謝するならば、背後にいるサタンは、あなた方を捕らえる鉤を見つけることができず、あなた方も、イエス様と同じようにサタン圏を乗り越えて、神と完全に一つになることができるのです。P554

 苦労が多くなればなるほど、困難が多くなればなるほど、私たちがサタン圏から解放されて、神の主管圏に近づきつつあるしるしである、ということをはっきり知らなければなりません。


この世界のすべてを知り、そのすべてを超え得た先生の心は、もはや何ものによっても動かされることはありません。巖のごとく固く立った先生です。自らの指を切って血で誓約を書き、先生の前に忠誠を示さんとした多くの女性たちもいました。宗教的試練を乗り越えるということは実にたやすい業ではありません。周囲に押し寄せてくるすべての誘惑を乗り越えて、基台を築いてきた創立に至るまでの苦難には、実に計り知れないものがあります。そして先生がすべての十字架を越えて勝利したその結実に、今あずかっている自分たちであり、神と先生の前に一言も言えないあなた方であることを知るなら、常に自らを謙虚な感謝に満ちた立場におくべきです。それは、あらゆる摂理的勝利を成した今もなお、先生が神の前にもち続けている姿勢でもあります。P607

    それは今まで、先生は前線で皆さんを苦労させてきました。
本当に苦労させてきましたよ。先生も悪口を言われ、迫害を受けてきましたけれども、皆さんも悪口を言われ、迫害されてきました。それはすべて一つの目的のために、一つのみ旨のためであります。そのため一つの基準を立てて、勝利を誓ってきたためです。ですから、その基準の勝利を勝ち得た時の栄光は、個人のものではなく全体のものです。それゆえに、皆さんの栄光として連結されるのです。そうすれば謙虚に受け入れることができるでしょう。そして、神とすべてに対して感謝の気持ちが充満していて、一言言えば慟哭しながら神の前に感謝し得る心情が、常に整っていなければなりません。
1970年1月1日

おはようございます。
今日もよろしくお願いします。
神様に従っていく皆さんは先生がなさることに対して平面的な意見のみで騒いではならない。

天一国2年天歴4月4日
今日のみ言葉

人間の生と霊魂の世界

 ◇人生の行くべき道とはどのようなものでしょうか。神様の真の愛を占領することが、人生の行くべき道です。神様の真の愛を占領することが、人生の行くべき最高の終着点です。この道は、男も女もみな行かなければなりません。すべての人が行くべきなのです。

 人生の行くべき道は、無限であられる愛の神様を探すことです。10回でも100回でも、死の峠を経てでも、死んでも絶えず探していくべき、神様の真の愛を探すのが人生の最高の行くべき道です。

 欲望の終わりとはどこでしょうか。神様の真の愛を占領する所です。神様を占領したといっても、その中にもっと貴い愛を占領できなければ、神様は自分の神様ではありません。それゆえ、神様の真の愛を占領しなければなりません。真の愛だけ占領すれば、神様はいらっしゃらなくても大丈夫なのです。彼のものが私のものであり、私のものが彼のものになるとき、初めて内外が一つになるのです。そのような国が、上下の等級のない理想の天国になるのです。

 そのような場に横たわるようになれば、天下にある存在の中で、良く見えないものがなく、天下にいる存在の中で、自身のために存在しないものはないと感じるのです。
そのようなものが神様の真の愛なので、今日人間が行くべき天上世界、すなわち天国は、真の愛で充満した所なのです。
1970年1月1日
おはようございます。
新しい月の始まりです。
ナマステの心で精一杯に頑張りましょう。

□環境に引っ張られていくのではなく、私が環境を引っ張っていかなければならない。

天一国2年天歴4月3日

今日の訓読のみ言

  ◇神との絶対的誓い
祈祷の重要性(79,4,15)
ベルベディアにて

 神があなた方を助けるためには、その前に、あなた方に神を信頼させることのできる何かがなければなりません。きょう、あなた方が「神よ、私は誓います。この道をどんなことがあっても行きます」と言っても、神は「三年間待ってみよう。今は百パーセント信用できない」と言うでしょう。神は即座に手を差し延べるほど愚かではありません。ある人は三年間、待てずに去っていって失敗してしまうでしょう。もし私が神の立場ならば、やはり同じことをするでしょう。あなた方が神の立場だったらどうしますか。(同じです)。

 あなた方は強い確信をもたなければなりません。「神よ、私は本物のムーニーです。どんなに苦しみや迫害があっても行きます」と。たとえ、どんなに一生懸命祈ったとしても、そういう誓約が第一になければ、何も起こりません。ただ時間を無駄にするだけです。そんなことなら祈らない方がいいでしょう。わかりましたか。(はい!)。「神よ、私は年をとりました。二十歳、三十歳、五十歳。しかし私はあなたに誓いました。
私はムーニーです。決して心変わり致しません」という決意、態度が必要です。

 私がそういう誓いを神にしたとあなた方は思いますか。(はい!)
私は一番目に「神よ、私に絶対に変わらない信仰を与えて下さい」と祈ります。
「神よ、私に、一つも信じられないようなことを与えて下さい。しかしそれでも私はそれを受け、信じ、決して変心いたしません」と。そして、二番目に絶対的知恵を与えてくださいと祈ります。三番目に完全な愛を与えてくださいと祈るのです。私は生涯を通して、この三つの目標に対して祈ってきました。そしてすべては満たされ、すべては成されました。それがなければ、私も、国家の境界線、人種間の問題を越える力を持っていなかったことでしょう。神によって完全な知恵を与えられたので原理を発見することができたし、それによって世界というものに対する正しい概念を知ることができました。

 絶対の誓い、絶対的態度は、すべての基です。すべてはその基から起こります。
あなた方は皆、自分は年をとった、と心配しているかもしれません。しかし、そういう心配が、あなたの絶対的誓いを動揺させているのではないでしょうか。それによって動揺するのではなく、そのようなものは私の誓いに比べればピーナッツのようなものであると考えなければなりません。大きな問題、大きな苦しみがあればあるほど、それを乗り越えた時、あなた方の信仰は篤くなり、強固になるのです。そして、鉄の意志をもつのです。
1970年1月1日
おはようございます。
□神様の前で「父よ、このみ旨のために私に責任を与えてください」

天一国2年天歴4月2日
今日のみ言葉

◇神は今、若者たちに請い、要求している。こういう複雑なるこの現世において我々を立たして、ある目的を果たそうとする、我々は行かなければならぬ立場である。そうすれば、君たち一個人として考えればこれ は非常な問題である。しかし、一個人の抱くその正義に訴える心、向義心に立つその心というものは、これ は歴史を動かしてきたし、その決心の基準において、そうしてその目的に対して、いかなる障害にぶち当ってもそれをおさえなければならないというその実践をもって勝利した場合には、世界はその人に従わなければならないのである。歴史はその人を崇拝しなければならないのである。ゆえにそういう歴史的な動きが現 代世界の動きであるから今までの神の戦法として、戦わせるには、生命をも投げ捨てて自分の一番尊いもの、自分に一つしかない最高のものを最先端に立たして戦わせる、これが神の戦法である。
 だから今までの復帰路程において習った我々の先祖というものは、真なる神の愛される義人であった、その人はその時代の最先端に立って打たれたのである。それは大いなる使命を持てば持つ程、その環境的範囲が広い。打たれる対象は狭いけれども、打たれるものは世界的版図と、世界的理想を抱いているのである。 打つ者は一人を打ったのだけれど、そういう希望を抱いた者を打った以上は世界的問題を条件として審かれることになる。
これが蕩減条件である。だからイエス様において、その当時のキリストは惨めなものである。ユダヤの国において、 これは反逆者であるとされ、追いに追おれて、行くところがなくなり、十字架につけられてしまった。

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