教会NEWS

1970年1月1日
おはようございます。

「絶対感謝で!・絶対精誠で!・絶対一体化で!」共に… ♪

雨乞い祭り精神で……

新しく16JKとしてスタートです。

天一国2年天歴1月29日

今日の訓読のみ言

審判は神の家より始まる

 今迄は理想郷を望みつつも、これは不可能な事として、又遠い距離にあるものとして諦めて来たが、今ここにこの様に歴史的に聖書的に実証されて初めて愛にして善なる神の愛と真理の世界を復帰せんとする摂理を知り、人類生存の目的、歴史の方向も解った。

今迄は人聞は動物にもしかないものだと思って来たが、如何に人間が尊く、喜ばしいものであるかを知った。今迄は失望の中で暗中模索の人生であったが、今は信仰と希望と愛の人間となった。65億人類が希望に燃えて愛と真理の世界を成就する日が来た。手に手を、肩に肩を並べて、新しい新天地の夢は夢ならずして完成する。神の悠久なる約束がなされる成約時代だ。
​​

 過去の歴史は血によって戦われ、塗られて来たが、今は愛と真理による、戦いである。如何なる悪人でも正しい事を云われると自分の悪い事を自覚する良心の目芽はある。その上温い愛で真に愛するに誰が変らないでおられょうか。一人間再創造より始って65億人間の再創造が終れば、地は自動的に天国と化し、涙もなく、悲しみも、苦しみもなくなり、過ぎし昔の悪夢の様に去って行く。

 兄弟よ!姉妹よ! 今は全人類が一家族である。愛する家族がする全ての事に憎い事があろう筈がない。全てが愛らしく、嬉しく、美しい。今迄は全てしてはいけないの拘束の世界であったが、これからは全て真理を悟って自由となり、(ヨハネ伝8章32節)、神を信じて愛と真理を中心にして全て行える自由の身となる。かくして天地自由人、天国人の希望は全うされるのである。


 創造本然の正しい人間にはその心が神に継がれて無限に自動的に真理が湧(わ)き出(いずる)ずる様になっている。過去の聖人、義人が誰にも教わらず多くの真理を悟ったのも、聖人として、義人としての心の基準だけ立てば真理が湧き出ずる様になっているからである。

 主は聖霊を通じて「審判は神の家より始まる」(ペテロ前4章17節)と云い給い、自らも「その時地に信仰をみんや」、又「彼等は胸を打つであろう」と云われた。今は如何なる指導者も修道者も頼れない。善悪の判断のつかない、善悪混沌期に入っている。唯頼りになるのは神の直接の声と清い良心の判断のみである。


 今や愛も冷え、信仰も形式化し、神の子としての美を発せず、未信者と何ら変るところのない教会の現状を心から憂い、愛と信仰に燃えて、神の子の香りを発して、新しく始まった改革の烽火に油を注げ。この改革は神の欲し給う教派の全てが一つにならんとする事である。即ちキリスト教の統一である。

してキリスト教の統一により全宗教統一、全宗教統一は更に思想統一へと、そして究極には世界統一である。斯(か)くして地に悠久なる神と人類の悲哀の人類歴史、罪と闘争の歴史は終末を告げて、新しい地と変り、地より天に迄新しく新天新地の聖書のみ言は成就されるのである。
1970年1月1日
おはようございます。

「絶対感謝で!・絶対精誠で!・絶対一体化で!」共に… ♪

雨乞い祭り精神で……

新しく16JKとしてスタートです。

天一国2年天歴1月29日

今日の訓読のみ言

審判は神の家より始まる

 今迄は理想郷を望みつつも、これは不可能な事として、又遠い距離にあるものとして諦めて来たが、今ここにこの様に歴史的に聖書的に実証されて初めて愛にして善なる神の愛と真理の世界を復帰せんとする摂理を知り、人類生存の目的、歴史の方向も解った。

今迄は人聞は動物にもしかないものだと思って来たが、如何に人間が尊く、喜ばしいものであるかを知った。今迄は失望の中で暗中模索の人生であったが、今は信仰と希望と愛の人間となった。65億人類が希望に燃えて愛と真理の世界を成就する日が来た。手に手を、肩に肩を並べて、新しい新天地の夢は夢ならずして完成する。神の悠久なる約束がなされる成約時代だ。
​​

 過去の歴史は血によって戦われ、塗られて来たが、今は愛と真理による、戦いである。如何なる悪人でも正しい事を云われると自分の悪い事を自覚する良心の目芽はある。その上温い愛で真に愛するに誰が変らないでおられょうか。一人間再創造より始って65億人間の再創造が終れば、地は自動的に天国と化し、涙もなく、悲しみも、苦しみもなくなり、過ぎし昔の悪夢の様に去って行く。

 兄弟よ!姉妹よ! 今は全人類が一家族である。愛する家族がする全ての事に憎い事があろう筈がない。全てが愛らしく、嬉しく、美しい。今迄は全てしてはいけないの拘束の世界であったが、これからは全て真理を悟って自由となり、(ヨハネ伝8章32節)、神を信じて愛と真理を中心にして全て行える自由の身となる。かくして天地自由人、天国人の希望は全うされるのである。


 創造本然の正しい人間にはその心が神に継がれて無限に自動的に真理が湧(わ)き出(いずる)ずる様になっている。過去の聖人、義人が誰にも教わらず多くの真理を悟ったのも、聖人として、義人としての心の基準だけ立てば真理が湧き出ずる様になっているからである。

 主は聖霊を通じて「審判は神の家より始まる」(ペテロ前4章17節)と云い給い、自らも「その時地に信仰をみんや」、又「彼等は胸を打つであろう」と云われた。今は如何なる指導者も修道者も頼れない。善悪の判断のつかない、善悪混沌期に入っている。唯頼りになるのは神の直接の声と清い良心の判断のみである。


 今や愛も冷え、信仰も形式化し、神の子としての美を発せず、未信者と何ら変るところのない教会の現状を心から憂い、愛と信仰に燃えて、神の子の香りを発して、新しく始まった改革の烽火に油を注げ。この改革は神の欲し給う教派の全てが一つにならんとする事である。即ちキリスト教の統一である。

してキリスト教の統一により全宗教統一、全宗教統一は更に思想統一へと、そして究極には世界統一である。斯(か)くして地に悠久なる神と人類の悲哀の人類歴史、罪と闘争の歴史は終末を告げて、新しい地と変り、地より天に迄新しく新天新地の聖書のみ言は成就されるのである。
1970年1月1日
おはようございます。

「絶対感謝で!・絶対精誠で!・絶対一体化で!」共に… ♪

雨乞い祭り精神で……

新しく16JKとしてスタートです。

天一国2年天歴1月29日

今日の訓読のみ言

審判は神の家より始まる

 今迄は理想郷を望みつつも、これは不可能な事として、又遠い距離にあるものとして諦めて来たが、今ここにこの様に歴史的に聖書的に実証されて初めて愛にして善なる神の愛と真理の世界を復帰せんとする摂理を知り、人類生存の目的、歴史の方向も解った。

今迄は人聞は動物にもしかないものだと思って来たが、如何に人間が尊く、喜ばしいものであるかを知った。今迄は失望の中で暗中模索の人生であったが、今は信仰と希望と愛の人間となった。65億人類が希望に燃えて愛と真理の世界を成就する日が来た。手に手を、肩に肩を並べて、新しい新天地の夢は夢ならずして完成する。神の悠久なる約束がなされる成約時代だ。
​​

 過去の歴史は血によって戦われ、塗られて来たが、今は愛と真理による、戦いである。如何なる悪人でも正しい事を云われると自分の悪い事を自覚する良心の目芽はある。その上温い愛で真に愛するに誰が変らないでおられょうか。一人間再創造より始って65億人間の再創造が終れば、地は自動的に天国と化し、涙もなく、悲しみも、苦しみもなくなり、過ぎし昔の悪夢の様に去って行く。

 兄弟よ!姉妹よ! 今は全人類が一家族である。愛する家族がする全ての事に憎い事があろう筈がない。全てが愛らしく、嬉しく、美しい。今迄は全てしてはいけないの拘束の世界であったが、これからは全て真理を悟って自由となり、(ヨハネ伝8章32節)、神を信じて愛と真理を中心にして全て行える自由の身となる。かくして天地自由人、天国人の希望は全うされるのである。


 創造本然の正しい人間にはその心が神に継がれて無限に自動的に真理が湧(わ)き出(いずる)ずる様になっている。過去の聖人、義人が誰にも教わらず多くの真理を悟ったのも、聖人として、義人としての心の基準だけ立てば真理が湧き出ずる様になっているからである。

 主は聖霊を通じて「審判は神の家より始まる」(ペテロ前4章17節)と云い給い、自らも「その時地に信仰をみんや」、又「彼等は胸を打つであろう」と云われた。今は如何なる指導者も修道者も頼れない。善悪の判断のつかない、善悪混沌期に入っている。唯頼りになるのは神の直接の声と清い良心の判断のみである。


 今や愛も冷え、信仰も形式化し、神の子としての美を発せず、未信者と何ら変るところのない教会の現状を心から憂い、愛と信仰に燃えて、神の子の香りを発して、新しく始まった改革の烽火に油を注げ。この改革は神の欲し給う教派の全てが一つにならんとする事である。即ちキリスト教の統一である。

してキリスト教の統一により全宗教統一、全宗教統一は更に思想統一へと、そして究極には世界統一である。斯(か)くして地に悠久なる神と人類の悲哀の人類歴史、罪と闘争の歴史は終末を告げて、新しい地と変り、地より天に迄新しく新天新地の聖書のみ言は成就されるのである。
1970年1月1日

おはようございます。

また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。(マタイ10:38-39)』

天一国2年天歴1月28日
今日のみ言葉

 絶対に不平のない

神様の息子がどうしてこのような位置にまで降りて来てこんなことをするのか?」などとは言えないのです。

僕の僕の道は、私が願って行ったのです。イエス様がゲッセマネの丘で三回の祈祷をする時、「この杯を私から過ぎ去らせてください」と言いましたが、私は僕の位置に行っても、そのように祈祷することができませんでした。

「私は自ら願ってこの杯を飲みます。たとえ僕の僕の位置で死んだとしても、お父様の願い以上の位置で死んでいきます」と祈ったのです。

 皆さんは、苦しければ「苦しい」と言い、寝なければ「眠たい」と言い、食べなければ「おなかが空いた」と言い、寒ければ「寒い」と言える、そういう位置に立っているのです。おなかを空かし、寒さに震え、休むことのできない人を見つめる神様が、どれほど悲惨であるかということを知っていますか? それを知らなくてはなりません。

 そうであるために、神様がいるとすれば、レバレンド・ムーンを愛さなければならないようになっているのです。

ですからレバレンド・ムーンが苦労の道を行くとすれば、神はいつも友人をつくってくれたのであり、慰労の対象をつくってくれたのです。険しい道では食事を用意して待っている人がおり、車に乗って行かなくてはならないのに歩いていこうとすれば、車を用意してくれる人がいたりしたのです。

話そうと思えば、謎めいた出来事が数え切れないほどたくさんあるのです。そのようなことが起こるたびに私は、「この責任を果たさない男に対して、天はこれほどまでに助けてくださるのか、私は死に値する罪を犯しました」と、このようにしてきたのです。

「死なんとするものは生きる」と、先生は一生の間そのような道を歩み、今日まで生きてきたというのに、皆さんは何年間苦労してきたというのですか? 神様はこの歴史を、このあと1000年をおいて復帰しなければならないというのに、その神様のみ旨を考えてみる時、私たちが不平を言うことかできるでしようか?
1970年1月1日

おはようございます。

また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。(マタイ10:38-39)』

天一国2年天歴1月28日
今日のみ言葉

 絶対に不平のない

神様の息子がどうしてこのような位置にまで降りて来てこんなことをするのか?」などとは言えないのです。

僕の僕の道は、私が願って行ったのです。イエス様がゲッセマネの丘で三回の祈祷をする時、「この杯を私から過ぎ去らせてください」と言いましたが、私は僕の位置に行っても、そのように祈祷することができませんでした。

「私は自ら願ってこの杯を飲みます。たとえ僕の僕の位置で死んだとしても、お父様の願い以上の位置で死んでいきます」と祈ったのです。

 皆さんは、苦しければ「苦しい」と言い、寝なければ「眠たい」と言い、食べなければ「おなかが空いた」と言い、寒ければ「寒い」と言える、そういう位置に立っているのです。おなかを空かし、寒さに震え、休むことのできない人を見つめる神様が、どれほど悲惨であるかということを知っていますか? それを知らなくてはなりません。

 そうであるために、神様がいるとすれば、レバレンド・ムーンを愛さなければならないようになっているのです。

ですからレバレンド・ムーンが苦労の道を行くとすれば、神はいつも友人をつくってくれたのであり、慰労の対象をつくってくれたのです。険しい道では食事を用意して待っている人がおり、車に乗って行かなくてはならないのに歩いていこうとすれば、車を用意してくれる人がいたりしたのです。

話そうと思えば、謎めいた出来事が数え切れないほどたくさんあるのです。そのようなことが起こるたびに私は、「この責任を果たさない男に対して、天はこれほどまでに助けてくださるのか、私は死に値する罪を犯しました」と、このようにしてきたのです。

「死なんとするものは生きる」と、先生は一生の間そのような道を歩み、今日まで生きてきたというのに、皆さんは何年間苦労してきたというのですか? 神様はこの歴史を、このあと1000年をおいて復帰しなければならないというのに、その神様のみ旨を考えてみる時、私たちが不平を言うことかできるでしようか?
1970年1月1日

おはようございます。

また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。(マタイ10:38-39)』

天一国2年天歴1月28日
今日のみ言葉

 絶対に不平のない

神様の息子がどうしてこのような位置にまで降りて来てこんなことをするのか?」などとは言えないのです。

僕の僕の道は、私が願って行ったのです。イエス様がゲッセマネの丘で三回の祈祷をする時、「この杯を私から過ぎ去らせてください」と言いましたが、私は僕の位置に行っても、そのように祈祷することができませんでした。

「私は自ら願ってこの杯を飲みます。たとえ僕の僕の位置で死んだとしても、お父様の願い以上の位置で死んでいきます」と祈ったのです。

 皆さんは、苦しければ「苦しい」と言い、寝なければ「眠たい」と言い、食べなければ「おなかが空いた」と言い、寒ければ「寒い」と言える、そういう位置に立っているのです。おなかを空かし、寒さに震え、休むことのできない人を見つめる神様が、どれほど悲惨であるかということを知っていますか? それを知らなくてはなりません。

 そうであるために、神様がいるとすれば、レバレンド・ムーンを愛さなければならないようになっているのです。

ですからレバレンド・ムーンが苦労の道を行くとすれば、神はいつも友人をつくってくれたのであり、慰労の対象をつくってくれたのです。険しい道では食事を用意して待っている人がおり、車に乗って行かなくてはならないのに歩いていこうとすれば、車を用意してくれる人がいたりしたのです。

話そうと思えば、謎めいた出来事が数え切れないほどたくさんあるのです。そのようなことが起こるたびに私は、「この責任を果たさない男に対して、天はこれほどまでに助けてくださるのか、私は死に値する罪を犯しました」と、このようにしてきたのです。

「死なんとするものは生きる」と、先生は一生の間そのような道を歩み、今日まで生きてきたというのに、皆さんは何年間苦労してきたというのですか? 神様はこの歴史を、このあと1000年をおいて復帰しなければならないというのに、その神様のみ旨を考えてみる時、私たちが不平を言うことかできるでしようか?
1970年1月1日
おはようございます。

創造主天の父母様に似た真の愛を実践する天一国の真の主人になろう」

天一国2年天歴1月27日
今日のみ言葉
使徒行伝
2:42~47
そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。
信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。
そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、
神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。

神様のみ旨とは何ですか?
①「み旨の定義」について
真のお父様は、神様のみ旨について、次のように定義しておられます。
「私が神様のみ旨に対して定義をしてみましょう。私は、神様のみ旨とは『創造理想を完成すること』だと定義を下します。

それでは『神様の創造理想を完成する』ということは何でしょうか。それは人間の理想を完成することです。言い換えればアダムとエバを中心として、全被造世界が神様のみ旨の前に一体となり、アダムとエバの理想を完成することです。

統一教会の言葉を使って言うならば、神様のみ旨は四位基台を完成することです」(『祝福家庭と理想天国(Ⅰ)』402ページ)

「統一教会で見る神様のみ旨、すなわちレバレンド・ムーンが知っている神様のみ旨とは何でしょうか。それは神様が宇宙をつくった創造理想、すなわち創造目的を完成することです。神様はすべての被造万物を創造するとき、必ず目的をもって創造されたので、そのような神様の創造目的を成すことが神様のみ旨です。


その目的の中心は誰でしょうか。アダムとエバでした。それゆえに私は、創造の理想を実現すること、すなわちアダムとエバを中心とした理想を実現することが、神様の創造目的だと見るのです。では、その理想実現とは何でしょうか。それはまさに四位基台を成すことです」(前掲書、403ページ)
1970年1月1日
おはようございます。

創造主天の父母様に似た真の愛を実践する天一国の真の主人になろう」

天一国2年天歴1月27日
今日のみ言葉
使徒行伝
2:42~47
そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。
信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。
そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、
神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。

神様のみ旨とは何ですか?
①「み旨の定義」について
真のお父様は、神様のみ旨について、次のように定義しておられます。
「私が神様のみ旨に対して定義をしてみましょう。私は、神様のみ旨とは『創造理想を完成すること』だと定義を下します。

それでは『神様の創造理想を完成する』ということは何でしょうか。それは人間の理想を完成することです。言い換えればアダムとエバを中心として、全被造世界が神様のみ旨の前に一体となり、アダムとエバの理想を完成することです。

統一教会の言葉を使って言うならば、神様のみ旨は四位基台を完成することです」(『祝福家庭と理想天国(Ⅰ)』402ページ)

「統一教会で見る神様のみ旨、すなわちレバレンド・ムーンが知っている神様のみ旨とは何でしょうか。それは神様が宇宙をつくった創造理想、すなわち創造目的を完成することです。神様はすべての被造万物を創造するとき、必ず目的をもって創造されたので、そのような神様の創造目的を成すことが神様のみ旨です。


その目的の中心は誰でしょうか。アダムとエバでした。それゆえに私は、創造の理想を実現すること、すなわちアダムとエバを中心とした理想を実現することが、神様の創造目的だと見るのです。では、その理想実現とは何でしょうか。それはまさに四位基台を成すことです」(前掲書、403ページ)
1970年1月1日
おはようございます。

創造主天の父母様に似た真の愛を実践する天一国の真の主人になろう」

天一国2年天歴1月27日
今日のみ言葉
使徒行伝
2:42~47
そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。
信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。
そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、
神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。

神様のみ旨とは何ですか?
①「み旨の定義」について
真のお父様は、神様のみ旨について、次のように定義しておられます。
「私が神様のみ旨に対して定義をしてみましょう。私は、神様のみ旨とは『創造理想を完成すること』だと定義を下します。

それでは『神様の創造理想を完成する』ということは何でしょうか。それは人間の理想を完成することです。言い換えればアダムとエバを中心として、全被造世界が神様のみ旨の前に一体となり、アダムとエバの理想を完成することです。

統一教会の言葉を使って言うならば、神様のみ旨は四位基台を完成することです」(『祝福家庭と理想天国(Ⅰ)』402ページ)

「統一教会で見る神様のみ旨、すなわちレバレンド・ムーンが知っている神様のみ旨とは何でしょうか。それは神様が宇宙をつくった創造理想、すなわち創造目的を完成することです。神様はすべての被造万物を創造するとき、必ず目的をもって創造されたので、そのような神様の創造目的を成すことが神様のみ旨です。


その目的の中心は誰でしょうか。アダムとエバでした。それゆえに私は、創造の理想を実現すること、すなわちアダムとエバを中心とした理想を実現することが、神様の創造目的だと見るのです。では、その理想実現とは何でしょうか。それはまさに四位基台を成すことです」(前掲書、403ページ)
1970年1月1日

おはようございます。

春らしい出発ですね。

我々が未来に相続すべき三つは、伝統・教育・実績です 今日も一日 、元気で宜しくお願いします。

天一国2年天歴1月26日

今日のみ言葉

神様は法度を守られる

 神様はどんなお方ですか。宇宙の心のようなお方です。この宇宙は体のようなものなのですが、その体の真ん中には誰が入っているかというと、悪魔が入っているのです。

空中の権勢をつかんだサタンがこの宇宙を支配しているのです。これを消化するために神様はどうしなければならないでしょうか。

 力ずくで打ってしまうことはできないのです。宇宙の創造の本質は愛であり、宇宙の歴史的伝統が愛を通じたものであったので、誤った者がいたとしても、神様はその原則の立場に立たざるを得ないのです。

それゆえ神様が堕落したこの宇宙を回復するためには、今まで本質的愛を中心として創造された真の愛の理念を実現するために投入した本然的基準を永遠に続けなければ、絶体者である神様の権威を取り戻すことができないのです。ですから神様はいかばかり大変なことでしょうか。

 堕落とは何でしょうか。サタンを中心とした愛の因縁を父母の立場で結んだことです。堕落論だの、善悪の実の話は必要もないのです。否定することはできません。ですからサタンの愛、サタンの生命、サタンの血統を受け継いだ血族が今まで残ってつながってきたのです。

サタンは愛の怨讐です。神様が創造理想として万年夢見てきた事実を破綻させたのです。天地の大道の軌道を離れたということは、愛において過ちを犯したということです。これは否定することができません。

 悪魔の子を自分の愛する息子、娘以上に愛さなければ、神様の本然の創造理想を実現することができないのです。悪魔は「私は堕落してこうなったのであり、私の血族が神様を裏切ったとしても、神様だけは、天理の道理を守ってこそ神様といえるのではないか」と提唱するのです。

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