教会NEWS

1970年1月1日
おはようございます。

いままでなかった大雪です。
一日中降るかな。

明日記念総動員復興礼拝がありますので参加してください。

天一国2年天歴1月9日

今日のみ言葉

平和神経
 神様の血統の中には、真の愛の種が入っていて、真の生命の体が生きています。したがって、この血統と連結されれば、神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには神様の祖国、理想国家も出現するのです。 

平和理想世界王国は、このように創建されるのです。血統の重要性は、いくら強調してもしすぎることはないということを、皆さんも肝に銘じなければなりません。

 教会は、言うまでもなく非営利組織の一つですから、ドラッカー博士の提示する5つの質問を、一つ一つ我が身に照らして考えながら読むことができます。

①われわれのミッションは何か?
②われわれの顧客は誰か?
③顧客にとっての価値は何か?
④われわれにとって成果は何か?
⑤われわれの計画は何か?

それぞれの質問はとてもシンプルなのですが、大体物事はシンプルなものほど難しいものです。
一つの質問にも、答えるのは決して容易ではありません。②と③の質問について、少し考えてみます。

かつて、フォードの役員の一人は、「顧客のために運営しなければ、我々の車も運転されない」と言いました。

当然といえば、当然です。
自動車会社がいくら一生懸命に車を生産しても、誰も買ってくれる人がいなければ、その車はガラクタに等しく、利益を上げることもできません。

自動車会社にとっての顧客は誰か?その顧客は、一体何を欲しているか?それを的確に把握しなければなりません。

この時、特に、顧客のニーズを把握するのに、「ニーズは顧客自身に問わねばならない。『これだろう』と勝手に想像してはならない。そして、顧客はみな正しいとする」と、ドラッカーは言っています。

我々は往々にして、

「顧客が欲しがっているのは、こういうものだろう」
と自分で勝手に決めつけた土台でサービスを提供しようとするものです。

教会にとっての顧客は、第一に、伝道されてくるゲストだと言えるでしょう。
しかし、その人たちは一体何を期待して教会に来るのか?それを教会側が勝手に想像してはならないというのです。

彼らのニーズは彼ら自身に尋ねてみなければならないし、彼らの回答は必ず正しいとしなければならない。

教会は、
「ゲストというものは、み言葉が必要だ。それを通して、より幸福な家庭を作れるようにしてあげなければならない」と考えます。

ところが、ただ原理講義をしてもしっくりしません。
あまり理解できていないとみると、噛み砕いてさらに説明しようと試みます。
1970年1月1日
おはようございます。

いままでなかった大雪です。
一日中降るかな。

明日記念総動員復興礼拝がありますので参加してください。

天一国2年天歴1月9日

今日のみ言葉

平和神経
 神様の血統の中には、真の愛の種が入っていて、真の生命の体が生きています。したがって、この血統と連結されれば、神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには神様の祖国、理想国家も出現するのです。 

平和理想世界王国は、このように創建されるのです。血統の重要性は、いくら強調してもしすぎることはないということを、皆さんも肝に銘じなければなりません。

 教会は、言うまでもなく非営利組織の一つですから、ドラッカー博士の提示する5つの質問を、一つ一つ我が身に照らして考えながら読むことができます。

①われわれのミッションは何か?
②われわれの顧客は誰か?
③顧客にとっての価値は何か?
④われわれにとって成果は何か?
⑤われわれの計画は何か?

それぞれの質問はとてもシンプルなのですが、大体物事はシンプルなものほど難しいものです。
一つの質問にも、答えるのは決して容易ではありません。②と③の質問について、少し考えてみます。

かつて、フォードの役員の一人は、「顧客のために運営しなければ、我々の車も運転されない」と言いました。

当然といえば、当然です。
自動車会社がいくら一生懸命に車を生産しても、誰も買ってくれる人がいなければ、その車はガラクタに等しく、利益を上げることもできません。

自動車会社にとっての顧客は誰か?その顧客は、一体何を欲しているか?それを的確に把握しなければなりません。

この時、特に、顧客のニーズを把握するのに、「ニーズは顧客自身に問わねばならない。『これだろう』と勝手に想像してはならない。そして、顧客はみな正しいとする」と、ドラッカーは言っています。

我々は往々にして、

「顧客が欲しがっているのは、こういうものだろう」
と自分で勝手に決めつけた土台でサービスを提供しようとするものです。

教会にとっての顧客は、第一に、伝道されてくるゲストだと言えるでしょう。
しかし、その人たちは一体何を期待して教会に来るのか?それを教会側が勝手に想像してはならないというのです。

彼らのニーズは彼ら自身に尋ねてみなければならないし、彼らの回答は必ず正しいとしなければならない。

教会は、
「ゲストというものは、み言葉が必要だ。それを通して、より幸福な家庭を作れるようにしてあげなければならない」と考えます。

ところが、ただ原理講義をしてもしっくりしません。
あまり理解できていないとみると、噛み砕いてさらに説明しようと試みます。
1970年1月1日
おはようございます。

最近は、子女教育についての様々な本が出ています。その多くは、「親が変わらないといけない」とか、「親が問題」などと書かれています。

そういった内容を読むと、親としてはなかなかつらいものがありますね。しかし、わが子に関することですから、「子供のためならば」と思って決意するわけです。さて、では親はどのように変わったらよいのでしょうか。

み旨にも言える内容でしょう。

天一国2年天歴1月8日

今日のみ言

【世界の指導者の前進大会

「意味のあるところには必ず道がある」という確信を持っていきましょう。文鮮明総裁の強い意志で創始された勝共運動のために、日本は救われました。

「世界平和は家庭から」という強力なメッセージを奉じて日本は再生の道を歩み始めました

朝鮮半島の統一なく、アジアと世界の平和はありえないので、これのために、日本が担うべき役割を模索しながら、これを実行に移したいと思います。

何よりも韓国と日本が結束しないと希望の道は決して開かないことです。各自が自分の国を担当ながらも、アジアと世界を眺める広い視野を持って、韓半島の統一と東北アジアの平和実現のために前進していきましょう。

ありがとうございます。
1970年1月1日
おはようございます。

最近は、子女教育についての様々な本が出ています。その多くは、「親が変わらないといけない」とか、「親が問題」などと書かれています。

そういった内容を読むと、親としてはなかなかつらいものがありますね。しかし、わが子に関することですから、「子供のためならば」と思って決意するわけです。さて、では親はどのように変わったらよいのでしょうか。

み旨にも言える内容でしょう。

天一国2年天歴1月8日

今日のみ言

【世界の指導者の前進大会

「意味のあるところには必ず道がある」という確信を持っていきましょう。文鮮明総裁の強い意志で創始された勝共運動のために、日本は救われました。

「世界平和は家庭から」という強力なメッセージを奉じて日本は再生の道を歩み始めました

朝鮮半島の統一なく、アジアと世界の平和はありえないので、これのために、日本が担うべき役割を模索しながら、これを実行に移したいと思います。

何よりも韓国と日本が結束しないと希望の道は決して開かないことです。各自が自分の国を担当ながらも、アジアと世界を眺める広い視野を持って、韓半島の統一と東北アジアの平和実現のために前進していきましょう。

ありがとうございます。
1970年1月1日

おはうございます。
今日は今日はより天に近く感じられますように。
神様の時刻表にに合わせて行きましょう。

今日の日があなたに最高の日になりますように。


天一国2年天歴1 月7日

今、真の父母様の最大の関心事は伝道です。

どんな場でも統一原理を伝えます。それがイエス様の伝道であり、真の父母様の伝道です!
(ラスベガスでの真のお母様のみ言葉:2014/1/18)

ラスベガスのピース・パレス(教会を紹介する博物館)の建設を請け負う建設会社の関係者および設計者と、お母様がお会いになりました。向こうから聞きたいことがあったようですが、その前にパレス建設の主人である方のビジョンを理解しなさいと言って、お母様自らが1時間もかけて原理を教えられました。

帰り際には、昨年の韓国での大会のメインスピーチの入ったDVDを全員に渡しました。ほとんどの人は持ち帰ったまま見向きもしなかった中で、一人だけ関心を持ってすぐに見た女性がいました。

その女性は、その後、統一原理を学びたいと言って、教会にやってきました。
米国の元協会長を務めた立派な講師が講義を担当しました。

その講義を聞くと目が開かれ、一つの大きな疑問が解かれたのです。

「なぜ、神様はアダムとエバの堕落を止められなかったのか」という疑問です。

今この人は、ご主人も導いて、基元節の祝福を受ける準備をしていると言います。

こうしてお母様は、自ら2人の霊の子女を立てられたわけです。「ですから、どれ程忙しくても皆さんは言い訳することができません」

昨日参加した教育部長会議でも、本部の伝道部長が自らの証をされました。
会議、講義、講演で忙しく全国を飛び回っています。

ある方の証
先日、飛行機に乗った時、隣り合わせた50代の女性と自然に会話が始まりました。韓国語に少し興味があるようだったので、その話題を工夫しました。

「お風呂を韓国語で何と言うか、ご存じですか? ノボセヨ、というんです」

これは冗談です。しかし、そんなふうに話しながら、会話が弾みました。

色々話していると、最後には、「ところで、あなたはどんな仕事をなさっているんですか?」と聞かれます。正体不明の、不思議な中年男性ですから、当然の質問です。
その時、答える答えは一つしかありません。

「私は、統一教会の伝道部長です!」

そう言って、いつも鞄に潜ませている自叙伝文庫版(ビニールでラッピングしています)と自作の著者紹介文を渡します。

お互いにメールアドレスを交換できました。
その後、何度か女性からメールが届いたそうです。
そして、次にまた近くに行った時、再会することができたというのです。

伝道部長は、20年来の伝道ノートも披露してくれました。氏族や知人など、これはと思う人たちの名前とコンタクトの経緯が細かく記録されています。

「どれほど忙しくても、言い訳はできません。伝道は、いつでも、どこでも出来ます」


1970年1月1日

おはうございます。
今日は今日はより天に近く感じられますように。
神様の時刻表にに合わせて行きましょう。

今日の日があなたに最高の日になりますように。


天一国2年天歴1 月7日

今、真の父母様の最大の関心事は伝道です。

どんな場でも統一原理を伝えます。それがイエス様の伝道であり、真の父母様の伝道です!
(ラスベガスでの真のお母様のみ言葉:2014/1/18)

ラスベガスのピース・パレス(教会を紹介する博物館)の建設を請け負う建設会社の関係者および設計者と、お母様がお会いになりました。向こうから聞きたいことがあったようですが、その前にパレス建設の主人である方のビジョンを理解しなさいと言って、お母様自らが1時間もかけて原理を教えられました。

帰り際には、昨年の韓国での大会のメインスピーチの入ったDVDを全員に渡しました。ほとんどの人は持ち帰ったまま見向きもしなかった中で、一人だけ関心を持ってすぐに見た女性がいました。

その女性は、その後、統一原理を学びたいと言って、教会にやってきました。
米国の元協会長を務めた立派な講師が講義を担当しました。

その講義を聞くと目が開かれ、一つの大きな疑問が解かれたのです。

「なぜ、神様はアダムとエバの堕落を止められなかったのか」という疑問です。

今この人は、ご主人も導いて、基元節の祝福を受ける準備をしていると言います。

こうしてお母様は、自ら2人の霊の子女を立てられたわけです。「ですから、どれ程忙しくても皆さんは言い訳することができません」

昨日参加した教育部長会議でも、本部の伝道部長が自らの証をされました。
会議、講義、講演で忙しく全国を飛び回っています。

ある方の証
先日、飛行機に乗った時、隣り合わせた50代の女性と自然に会話が始まりました。韓国語に少し興味があるようだったので、その話題を工夫しました。

「お風呂を韓国語で何と言うか、ご存じですか? ノボセヨ、というんです」

これは冗談です。しかし、そんなふうに話しながら、会話が弾みました。

色々話していると、最後には、「ところで、あなたはどんな仕事をなさっているんですか?」と聞かれます。正体不明の、不思議な中年男性ですから、当然の質問です。
その時、答える答えは一つしかありません。

「私は、統一教会の伝道部長です!」

そう言って、いつも鞄に潜ませている自叙伝文庫版(ビニールでラッピングしています)と自作の著者紹介文を渡します。

お互いにメールアドレスを交換できました。
その後、何度か女性からメールが届いたそうです。
そして、次にまた近くに行った時、再会することができたというのです。

伝道部長は、20年来の伝道ノートも披露してくれました。氏族や知人など、これはと思う人たちの名前とコンタクトの経緯が細かく記録されています。

「どれほど忙しくても、言い訳はできません。伝道は、いつでも、どこでも出来ます」


1970年1月1日
ございます。
今日は今日はより天に近く感じられますように。
神様の時刻表にに合わせて行きましょう。

今日の日があなたに最高の日になりますように。


天一国2年天歴1 月7日

今、真の父母様の最大の関心事は伝道です。

どんな場でも統一原理を伝えます。それがイエス様の伝道であり、真の父母様の伝道です!
(ラスベガスでの真のお母様のみ言葉:2014/1/18)

ラスベガスのピース・パレス(教会を紹介する博物館)の建設を請け負う建設会社の関係者および設計者と、お母様がお会いになりました。向こうから聞きたいことがあったようですが、その前にパレス建設の主人である方のビジョンを理解しなさいと言って、お母様自らが1時間もかけて原理を教えられました。

帰り際には、昨年の韓国での大会のメインスピーチの入ったDVDを全員に渡しました。ほとんどの人は持ち帰ったまま見向きもしなかった中で、一人だけ関心を持ってすぐに見た女性がいました。

その女性は、その後、統一原理を学びたいと言って、教会にやってきました。
米国の元協会長を務めた立派な講師が講義を担当しました。

その講義を聞くと目が開かれ、一つの大きな疑問が解かれたのです。

「なぜ、神様はアダムとエバの堕落を止められなかったのか」という疑問です。

今この人は、ご主人も導いて、基元節の祝福を受ける準備をしていると言います。

こうしてお母様は、自ら2人の霊の子女を立てられたわけです。「ですから、どれ程忙しくても皆さんは言い訳することができません」

昨日参加した教育部長会議でも、本部の伝道部長が自らの証をされました。
会議、講義、講演で忙しく全国を飛び回っています。

ある方の証
先日、飛行機に乗った時、隣り合わせた50代の女性と自然に会話が始まりました。韓国語に少し興味があるようだったので、その話題を工夫しました。

「お風呂を韓国語で何と言うか、ご存じですか? ノボセヨ、というんです」

これは冗談です。しかし、そんなふうに話しながら、会話が弾みました。

色々話していると、最後には、「ところで、あなたはどんな仕事をなさっているんですか?」と聞かれます。正体不明の、不思議な中年男性ですから、当然の質問です。
その時、答える答えは一つしかありません。

「私は、統一教会の伝道部長です!」

そう言って、いつも鞄に潜ませている自叙伝文庫版(ビニールでラッピングしています)と自作の著者紹介文を渡します。

お互いにメールアドレスを交換できました。
その後、何度か女性からメールが届いたそうです。
そして、次にまた近くに行った時、再会することができたというのです。

伝道部長は、20年来の伝道ノートも披露してくれました。氏族や知人など、これはと思う人たちの名前とコンタクトの経緯が細かく記録されています。

「どれほど忙しくても、言い訳はできません。伝道は、いつでも、どこでも出来ます」


1970年1月1日

おはようございます。
基元節まで後7日です。

様々な精誠をもって迎えましょう。
精誠を尽くした分さらに成長します。


天一国2年天歴1月6日
今日のみ言

(日本宣教出発の状況)
 -崔奉春(チェ・ボンチュン)がクッパップ一杯を全て食べるまで、私は彼の前で見守り座っていました。

彼を抱いて、わあわあと声に出して泣きたかったのですが、そうすることができませんでした。日本警察に打たれて満身創痍になって帰ってきた彼が、やっとご飯がのどに通る姿を見守る心は地獄でした。

それは、もしかしたら彼がこの世の中で最後に味わう温かい食事かも知れないことでした。彼を再び日本に送らなければならなかったからです。(「命を懸けても行く道は行く」)

世界情勢から見ても神様の摂理から見ても日本宣教が急務だと感じられた文先生は、その計画を準備した上で、崔奉春氏を甲寺に呼びました。

そして、「お前は今すぐ玄界灘を渡らなければならない。死ぬ前には帰ってくることができない」と、出し抜けに厳命を下したのです。

崔氏はたった一言「はい」と返事をしただけで、
「どのように宣教を始めるか、日本でどう生活するか」などということは一切聞きもしませんでした。
しかし、宣教は過酷な道でした。

当時、日本と韓国には正式な国交もなかったのです。
その日本への宣教は、「密航」を意味していました。

崔宣教師は命を懸けて密航船に乗りましたが、日本に着くやいなや、すぐに逮捕され、即座に送還されました。

崔宣教師は、元来、豪胆な男です。その彼が、送還されてお父様の前に現れた時、恐ろしさにたじろぎ、今にも涙がこぼれそうな目をしていました。

酷い拷問で腫れ上がった額には、紫の血のあざがまだらに残っていました。髪の毛が一握り抜かれて、頭皮が白くさらけ出ていました。

お父様はその彼の頭をそっと撫でるだけで、人間的な慰めの言葉を一言もかけず、ただ、作りたてのクッパを彼の前に置きました。

崔宣教師は、空腹であるにもかかわらず、すぐにスプーンを持つことができませんでした。み言葉を伝えることもできないまま帰ってきた宣教師は、身の置きどころもなかったのでしょう。

宣教師を送り出すために、お父様は150万ウォンを借金して準備されました。
食口たちは血を売りました。文字通り「血の代価」でした。

クッパップを食べ終わると、お父様は崔宣教師を連れて甲寺の裏手に上がりました。文先生の口からどんな言葉が出るか。宣教師は恐ろしさに震えました。

「今夜また麗水(Yea Su)に行って船に乗りなさい。お前が10回日本の警察に捕まったとしても、与えられた道は行くしかない。1日でも虚しく浪費することはできない」すると、崔宣教師はその場に座り込んで泣き始めました。

「先生、どうしてそのようにされるのですか? 私は行けません。恐ろしくて二度と行けないのです」
ここから、2人の間に激しい押し問答が繰り返されました。

「絶対に行けません」
「行かなければならない。早く行きなさい」

容赦なく宣教師を急き立てながら、文先生の心は死にそうでした。宣教師の胸の内も、周辺の状況も、文先生には痛いほど分かっていました。
しかし、天の時は人間が勝手に押したり引いたりできないことを、あまりにもよく知っておられたのです。

日本への宣教は生死をかけた3年の刻苦の挙句、3回目の密航で初めて一点を突破しました。
その結果、東京早稲田の地に初めてみ言葉の種が蒔かれ、今日の日本統一教会の礎が築かれたのです。

教区長の説教を聞きながら、この話は、私たちにとって自分の生命の最も深いルーツを教えてくれる、極めて貴重な歴史の真相だと感じました。

韓国の食口たちが血を売って工面した宣教費。

そして何より、お父様ご自身が牢獄の苦難を経て、霊肉の痛みを背負いながら、甲寺で食事もせず、ひたすら宣教師の成功を祈り続けられた精誠。

甲寺に居留しておられた間、毎朝早朝に寺の裏山に登って祈る文先生の姿を見ていた僧侶がいます。
「毎朝、あのように一人静かに山に登って祈るあの青年は、一体誰なのか? 何を祈っているのか?」


その姿があまりにも深く脳裏に焼きつき、数十年後、その青年を訪ねて清平まで来られたと聞きました。

「私の今の命は、何に由来しているのか? 私が賜った祝福の価値はどれほどの大きさなのか? 私はどのように生きるべきか?」

実はその種の要素をそのまま実体化しなければならない。そのことを、深く考えさせられたみ言葉でした。
1970年1月1日

おはようございます。
基元節まで後7日です。

様々な精誠をもって迎えましょう。
精誠を尽くした分さらに成長します。


天一国2年天歴1月6日
今日のみ言

(日本宣教出発の状況)
 -崔奉春(チェ・ボンチュン)がクッパップ一杯を全て食べるまで、私は彼の前で見守り座っていました。

彼を抱いて、わあわあと声に出して泣きたかったのですが、そうすることができませんでした。日本警察に打たれて満身創痍になって帰ってきた彼が、やっとご飯がのどに通る姿を見守る心は地獄でした。

それは、もしかしたら彼がこの世の中で最後に味わう温かい食事かも知れないことでした。彼を再び日本に送らなければならなかったからです。(「命を懸けても行く道は行く」)

世界情勢から見ても神様の摂理から見ても日本宣教が急務だと感じられた文先生は、その計画を準備した上で、崔奉春氏を甲寺に呼びました。

そして、「お前は今すぐ玄界灘を渡らなければならない。死ぬ前には帰ってくることができない」と、出し抜けに厳命を下したのです。

崔氏はたった一言「はい」と返事をしただけで、
「どのように宣教を始めるか、日本でどう生活するか」などということは一切聞きもしませんでした。
しかし、宣教は過酷な道でした。

当時、日本と韓国には正式な国交もなかったのです。
その日本への宣教は、「密航」を意味していました。

崔宣教師は命を懸けて密航船に乗りましたが、日本に着くやいなや、すぐに逮捕され、即座に送還されました。

崔宣教師は、元来、豪胆な男です。その彼が、送還されてお父様の前に現れた時、恐ろしさにたじろぎ、今にも涙がこぼれそうな目をしていました。

酷い拷問で腫れ上がった額には、紫の血のあざがまだらに残っていました。髪の毛が一握り抜かれて、頭皮が白くさらけ出ていました。

お父様はその彼の頭をそっと撫でるだけで、人間的な慰めの言葉を一言もかけず、ただ、作りたてのクッパを彼の前に置きました。

崔宣教師は、空腹であるにもかかわらず、すぐにスプーンを持つことができませんでした。み言葉を伝えることもできないまま帰ってきた宣教師は、身の置きどころもなかったのでしょう。

宣教師を送り出すために、お父様は150万ウォンを借金して準備されました。
食口たちは血を売りました。文字通り「血の代価」でした。

クッパップを食べ終わると、お父様は崔宣教師を連れて甲寺の裏手に上がりました。文先生の口からどんな言葉が出るか。宣教師は恐ろしさに震えました。

「今夜また麗水(Yea Su)に行って船に乗りなさい。お前が10回日本の警察に捕まったとしても、与えられた道は行くしかない。1日でも虚しく浪費することはできない」すると、崔宣教師はその場に座り込んで泣き始めました。

「先生、どうしてそのようにされるのですか? 私は行けません。恐ろしくて二度と行けないのです」
ここから、2人の間に激しい押し問答が繰り返されました。

「絶対に行けません」
「行かなければならない。早く行きなさい」

容赦なく宣教師を急き立てながら、文先生の心は死にそうでした。宣教師の胸の内も、周辺の状況も、文先生には痛いほど分かっていました。
しかし、天の時は人間が勝手に押したり引いたりできないことを、あまりにもよく知っておられたのです。

日本への宣教は生死をかけた3年の刻苦の挙句、3回目の密航で初めて一点を突破しました。
その結果、東京早稲田の地に初めてみ言葉の種が蒔かれ、今日の日本統一教会の礎が築かれたのです。

教区長の説教を聞きながら、この話は、私たちにとって自分の生命の最も深いルーツを教えてくれる、極めて貴重な歴史の真相だと感じました。

韓国の食口たちが血を売って工面した宣教費。

そして何より、お父様ご自身が牢獄の苦難を経て、霊肉の痛みを背負いながら、甲寺で食事もせず、ひたすら宣教師の成功を祈り続けられた精誠。

甲寺に居留しておられた間、毎朝早朝に寺の裏山に登って祈る文先生の姿を見ていた僧侶がいます。
「毎朝、あのように一人静かに山に登って祈るあの青年は、一体誰なのか? 何を祈っているのか?」


その姿があまりにも深く脳裏に焼きつき、数十年後、その青年を訪ねて清平まで来られたと聞きました。

「私の今の命は、何に由来しているのか? 私が賜った祝福の価値はどれほどの大きさなのか? 私はどのように生きるべきか?」

実はその種の要素をそのまま実体化しなければならない。そのことを、深く考えさせられたみ言葉でした。
1970年1月1日

 おはようございます。

今週がどれ程大事であるかを確認して、それぞれが決意して出発しました。

基元節を開くまで、真の御父母様のご苦労と精誠がどれだけ大きかったでしょうか?



天一国2年天歴1月5日
今日のみ言




苦難を避けていく者とならずに向かえていく者が神の道を行く者である。

□勝利者の気持ちは闘ったことのない人は感ずることができない。

 信仰の本質は神様に感謝することです。それは具体的に何かと言えば、物質だけではなく、生活とか時間とか、全ての面において十分の一を神様にお捧げすること、それが神様に感謝する生活の出発なのです。

 いよいよ基元節一周年まで、8日残っています、焦る心情でいっぱいです。私がこのままの姿で天国人になることができるでしょうか。

神様と共に基元節を迎えるためには根本的に変わらなければいけません。大事なことは「常に神様に感謝する」ことです。その代表的な思想が、聖書にあるように、また、お父様のみ言にあるように、十一条なのです。日曜礼拝を捧げることも十一条です。

    一週間の初めの一日を神様に捧げるのです。日曜日は自分の日ではなく、神様の日として礼拝し、伝道して、神様に捧げる一日なのです。

十一条献金は自分が得た収入の十分の一を捧げることによって、全てを神様に捧げたことになるので、それを条件として神様はその家庭にたくさんの祝福の恩恵を与えてくださるのです。それが十一条の奇跡です。信仰の出発であり、バロメーターでありますので心がけましょう。

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