教会NEWS

1970年1月1日
おはようございます。
世界のすべての問題を解決していくのです。天が共にあり、真の父母が共にあるので、人類は選択の余地なく必ずこの道に行くようになります。

天一国2年天歴7月12日
今日の訓読のみ言

賢い者はひとたび歩み始めた道を全うします。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみあります。先生も神の道を行きながら、常に第一の道のみを行こうとしてきました。み言に関しても、自分に従ってくるものたちのためにも、何度も何度もあり得る限りの慎重さをもって、正しいかどうかを吟味せんとしました。

実験室の研究者が、何か新しい発見をせんとする時に、その理論が本当に正しいかどうか絶対的に確実にしようとして、何度も何度もテストを重ねた末、それから世界に発表しようとするように、先生もすべてを絶対的に確実にするためには、自らの歩む全路程を通して、徹底的に実験し試験し尽くしました。それを通してこの世界のすべての真理を解明せんとしたのです。あなた方も既に神への誓約書に署名した兵士として、中途半端な道を行くことなく、最後までひたすら前進してほしいものです。そして「私は先生以上に行きたい、先生と競争して打ち負かしたい」とそういう人物の現れることを先生は待っています。

先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。
1970年1月1日
おはようございます。
  喜びを得るために創造なさった善の世界が、人間の堕落によって、悲しみに満ちた罪悪世界となり、これが永続するほかはない。

天一国2年天歴7月11日
今日のみ言葉訓読

神様は願っていらっしゃるのに、皆さんが自嘆する場にいるならば滅びなければなりません。もし滅びないならば、先生が殴ってでも滅びるようにするでしょう。このような覚悟と基準をもっていかなければならない人々が、統一の役軍であるということを知らなければなりません。

 福地は呼んでいます。神様は六千年前からアダムが成せなかった福地を築く中心人物を探して立てましたが、まだ人間はその福地を築いていません。私たちの先祖もこういう復帰の道を歩んできたのに築くことができず、数多くの聖人、賢哲たちもこの目的に向かって苦闘してきましたが築き上げることができませんでした。

 イエス様もこの地に来られ、この目標に向かって新しい文化世界を願いましたが、成し遂げることができませんでした。しかし、その世界はいずれにせよ成されなければなりません。万一成されないならば、堕落した世の中はこのまま続いていくようになり、神様が成そうとされる新しい世界は、結局この地上に築かれないでしょう。
1970年1月1日
おはようございます。
 神様の祝福が皆様の家庭と国家と世界に永遠に共にあることを願います。

天一国2年天歴7月10日
今日の訓読み言葉

   神様の創造は、実に神秘で奥深さにあふれています。人間を、御自身の子女として創造され、万物の霊長として立てられた神様は、人間に「良心」という、最高、最善の贈り物を下さいました。

 人間が地上界で一生を航海するのに必要な羅針盤(らしんばん)として下賜(かし)されたものが、良心という特別な贈り物です。

よく人生100年と言いますが、人間は誰彼(だれかれ)を問わず、生まれて死ぬ瞬間まで、良心の作用圏を抜(ぬ)け出すことはできません。
 世の中では、良心をだましながら、体の言うとおりにあらゆる詐欺(さぎ)、謀略(ぼうりゃく)、中傷をしてお金を集める者たちが大勢いますが、そのようにしてお金を集めれば、かえってお金が彼らを打つのです。審判の棍棒(こんぼう)になるのです。霊界でも同じことです。

皆様、良心は、父母に優(まさ)り、師に優ります。多くの人々がそのような価値を知らずにいます。体が良心を思いどおりにしているということです。堕落した世界、享楽(きょうらく)の世界では、そうです。お金にばかり頼って暮らせば、享楽に流れていってしまいます。

そして、良心の作用の中で、最高、最上の機能が正に、真の父母、真の師、真の主人の役割の機能です。 言い換えれば、良心は、私たちが生まれたときから真の父母、真の師、真の主人の位置で私たちの生を指導し、教育する、神様の代身者であるということです。

私たちの一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)を一時も逃すことなく導き、監視(かんし)する責任が良心の機能だということです。ですから、良心は、私たちのすべての言行(げんこう)はもちろん、考えまでも父母よりも先に知り、師より先に知り、神様よりも先に知るのです。神様が、人間の人生を指導し監視する本源的な機能を、良心に伝授してくださったからです。

 ところで、水晶のように清く透明でなければならない人間の良心に、堕落性の垢(あか)がつき、今まで様々な罪悪と疾病(しっぺい)の中で本来の機能をすべて発揮できずにいるのです。したがって、サタン主管圏のこの邪悪な世界から一日でも早く解放・釈放を受けたいと、泣き叫んでいる良心の声を聞ける皆様にならなければなりません
1970年1月1日
おはようございます。
絶対者の息子だ、娘だと呼ばれ得る人格者の姿を確保するには、天が定めておいた絶対的基準の道を歩まなければならないという意味です。その中で最も重要なものが正に絶対「性」の基準です

天一国2年天歴7月9日
今日のみ言葉

神様と近い立場とはどのような立場なのか知っていますか。悔い改めの立場です。しかし知ってみると、「何の罪を犯したので許してください」と言う必要がないのです。お父様の心情を知らなかったことを悔い改めれば、すべて許されます。

息子が両親のお金をみな使って放蕩することより大きな罪は、自分を愛するお父様の心情を傷つけることです。それ以上大きな罪がないのです。それゆえ、「お父様の心情を傷つけたこの罪がどうして許されるでしょうか」と涙する息子がいるならば、お父様は「よし、よし」と言って許してくれるというのです。堕落した父母がそうであるように、神様もそうされます。

人々は教会に行って、「私が何の罪を犯したので、悔い改めますから許してください」と祈祷します。しかし、そのようなことよりも「天倫の原則を破壊し、天と人間の因縁を蹂躙し、人間と万物の因縁を破壊した心情問題で犯した罪を許してください」と祈祷しなければなりません。そのように悔い改めることによって受け入れられ、勝利してお父様に認められるとするなら、万事解決されることとでしょう。天は、そのような悔い改めをする人を訪ねてこられます。

私たちが深い悔い改めにいたる為には、どうするべきでしょうか。「最初にすべきことは、正しい方向性を決定して、日々の信仰生活を悔い改めながら、その目標に向かって努力することです。神は、そのような人の要求にいつも耳を傾けられることでしょう。実際、皆さんも神も既に何をなすべきか知っているのですから、祈祷の90パーセントはあれこれすることについてではありません。祈祷の90パーセントは悔い改めです。これは、天国は近づいた、悔い改めよというイエス様の教えと同じです。悔い改めは、それが正しくなされるとき、とても価値があります。
1970年1月1日
おはようございます。
梅雨のように雨が降ってます。いつもより涼しく感じるのは私だけかな?
今日は祝福式です。
さあ、頑張ろう!

天一国2年天歴7月8日
今日のみ言葉

■「自分から変わる」ために
 私たちはみな「家族で楽しい団らんの場をもちたい」と思うでしょう。しかし、なかなか思うようにいかずに悩み、あきらめる人がいるかもしれません。そのような場をもつためには家族の間に信頼関係が保たれている必要があります。
 家族の信頼関係を築くことは意外と難しいものです。そのためには「自分から変わる」ということが欠かせません。そのことの重要性を理解し、生活での実践内容について考えます。
 家族の信頼関係を築くことを、銀行にお金を預け入れる行為に例えると、お金の代わりに「信頼」を、銀行の代わりに家族一人一人の心に「預け入れる」と考えることができます。
 「預け入れる」とは、積極的に行動しながら家族の中で「信頼を得る」行為を示します。一方「引き出す」とは、信頼を低くするような行為で、感情的になって相手の反発を招くことです。
 家族の間に高い「信頼残高」が保たれていると、お互いの授受作用は良好となり、少しのすれ違いが生じても信頼残高が補ってくれます。
 
次のようなみ言があります。「『ために生きよう!』。(相手に)負債を負わせようということです。文総裁が今日までこの統一教会を導きながら、それを考えてきました。最も恐ろしいことが負債を負うことです。精誠を尽くした人がもってきた物は、この宇宙にそれ以上の精誠を尽くさずに受ければ、それは毒薬よりもっと恐ろしいのです」(『後天時代の生活信仰』P123)
 この「負債」を負うことは、今回紹介している信頼口座から引き出すことになります。「負債は毒薬より恐ろしい」というのですが、逆に言えば、それほど効果があるということです。
1970年1月1日


おはようございます。
  アベルは何を解放すべきかというと、第一に、カインを解放しなければなりません。次は、父母を復帰するために、完全な基盤を立てなければなりません。これがアベルの使命なのです。父母の前に、サタンの讒訴を許す立場に立っては、アベルとしての責任を果たしたとは言えないのです。
​​


天一国2年間7月7
​日

今日のみ言葉

     アベルの使命を果たした人は、サタンの讒訴を受ける立場に立ってはいけないのです。アベルは父母を復帰するためにも、中心的な責任を果たさなければなりません。これがアベルの立場です。

 言い換えれば、アダム・エバは堕落することによって、神側とサタン側の中間の立場に立つようになりました。それゆえ、こちらにもあちらにも動く立場に立っているのです。彼らが人間を神側へのみ立つようにすることができるでしょうか? これはアダム・エバがやることではありません。アベルがやらなければなりません。そのためにアベルは、父母の実体と心情を復帰することにおいて、残された讒訴条件をすべて蕩減しておかなければなりません。
1970年1月1日
おはようございます。
 神様を中心として夫婦愛を高め、幸せな家庭を築いていくために、夫婦愛を高めるための実践して証を立てましょう。

天一国2年天歴7月6日
今日のみ言葉

   人間始祖の堕落は、決して霊界において起こったのではなく、この地上においてなされたのですから、復帰も、正に、この地上においてなされなければならないのです。天国は、まずこの地上において実現されなければなりません。イエス様は、天国建設の鍵をこの地上に残して行かれました。だから、マタイ福音書16章に、「地上でつなぐことは天でもつながれ、地上で解くことは天でも解かれる」と書かれているのです。この意味が分からなくては、聖書全体の意味を理解したことにはなりません。

 私たちは神のみ旨を成就し、天国をこの地上に建設するために、神によって直接選ばれて集まってきました。私たちの使命は、この地上からサタンを追い払い、天地に神の栄光と勝利を宣言することです。「復帰の公式とは何か」について、もう、よく分かったことと思います。しかし大事なことは、その公式に従って「歩む」ことであります。

 先生が確立した復帰の公式は、サタン世界が残っている限り、引き続き適用されなければなりません。先生がサタン世界に勝利し、これを乗り越えたと宣言する時、それは先生だけが乗り越えたことを意味するのではなく、全霊界もまた、サタン世界を乗り越えたことを意味するのです。
1970年1月1日
おはようございます。
 神様を中心として夫婦愛を高め、幸せな家庭を築いていくために、夫婦愛を高めるための実践して証を立てましょう。

天一国2年天歴7月6日
今日のみ言葉

   人間始祖の堕落は、決して霊界において起こったのではなく、この地上においてなされたのですから、復帰も、正に、この地上においてなされなければならないのです。天国は、まずこの地上において実現されなければなりません。イエス様は、天国建設の鍵をこの地上に残して行かれました。だから、マタイ福音書16章に、「地上でつなぐことは天でもつながれ、地上で解くことは天でも解かれる」と書かれているのです。この意味が分からなくては、聖書全体の意味を理解したことにはなりません。

 私たちは神のみ旨を成就し、天国をこの地上に建設するために、神によって直接選ばれて集まってきました。私たちの使命は、この地上からサタンを追い払い、天地に神の栄光と勝利を宣言することです。「復帰の公式とは何か」について、もう、よく分かったことと思います。しかし大事なことは、その公式に従って「歩む」ことであります。

 先生が確立した復帰の公式は、サタン世界が残っている限り、引き続き適用されなければなりません。先生がサタン世界に勝利し、これを乗り越えたと宣言する時、それは先生だけが乗り越えたことを意味するのではなく、全霊界もまた、サタン世界を乗り越えたことを意味するのです。
1970年1月1日
おはようございます。

今日は7月の最後の日になります。聖和2周年まで12日あります。私達の決意方向性を
明確にするべきです。
今月勝利して八月に行きましょう。


天一国2年天歴7月5日
今日のみ言葉

 神様は、二性性相なので、神様の男性性相がアダムの心に入ってくるのです。それで、神様が内的な父になられるのです。神様が内的な父の位置に入ってこられるのです。コリント人への手紙を見れば、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」(コリントⅠ3:16)とあります。私たちの体を「神の宮」と言っています。私たちの体は、神様が臨在することのできる「神の宮」だと言ったのです。その「神の宮」という言葉は、正しいというのです。神様が二性性相の主体としていらっしゃるために、アダムは神様の男性性格、見えない性格を見える性格として現した存在です。
 ですから、アダムは実体として現れた神様の体です。無形の実体が有形に実体化して、人類の父として立っているアダムの背後で、内的な父の立場に立つべき方が神様でした。(139-233, 1986.1.31)

 本来、堕落していなければ、神様はアダムとエバの中に臨在することができたのです。二性性相の形状と性相の本体であられる神様は、その性相と形状の相対がアダムとエバなので、その心の中に入っていくようになっていたのです。入っていって、神様とアダムとエバが心身一体圏を成すのです。神様が、堕落せずに完成した人間の心のような立場になり、人間は神様の完成した体のような立場になって心身一体圏に立ち、アダムとエバと共に結婚式をするのです。その結婚式は、実体的、平面的で、横的にはアダムとエバの結婚式ですが、それが縦的には神様の結婚式になるのです。(256-86, 1994.3.12)
1970年1月1日
おはようございます。

今日は7月の最後の日になります。聖和2周年まで12日あります。私達の決意方向性を
明確にするべきです。
今月勝利して八月に行きましょう。


天一国2年天歴7月5日
今日のみ言葉

 神様は、二性性相なので、神様の男性性相がアダムの心に入ってくるのです。それで、神様が内的な父になられるのです。神様が内的な父の位置に入ってこられるのです。コリント人への手紙を見れば、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」(コリントⅠ3:16)とあります。私たちの体を「神の宮」と言っています。私たちの体は、神様が臨在することのできる「神の宮」だと言ったのです。その「神の宮」という言葉は、正しいというのです。神様が二性性相の主体としていらっしゃるために、アダムは神様の男性性格、見えない性格を見える性格として現した存在です。
 ですから、アダムは実体として現れた神様の体です。無形の実体が有形に実体化して、人類の父として立っているアダムの背後で、内的な父の立場に立つべき方が神様でした。(139-233, 1986.1.31)

 本来、堕落していなければ、神様はアダムとエバの中に臨在することができたのです。二性性相の形状と性相の本体であられる神様は、その性相と形状の相対がアダムとエバなので、その心の中に入っていくようになっていたのです。入っていって、神様とアダムとエバが心身一体圏を成すのです。神様が、堕落せずに完成した人間の心のような立場になり、人間は神様の完成した体のような立場になって心身一体圏に立ち、アダムとエバと共に結婚式をするのです。その結婚式は、実体的、平面的で、横的にはアダムとエバの結婚式ですが、それが縦的には神様の結婚式になるのです。(256-86, 1994.3.12)

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