
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
時に対する自覚と責任をもつことです。
天一国2年天歴6月22日
今日のみ言葉
◇何否定?人間否定とそれから悪魔の否定。偽りの神の否定をなさなければならない。そういう否定圏に立って初めて神自体が主体の独自圏に立つことができる。主体は一つである。みんな否定されて、なくなった条件圏に立ったから、その条件圏上に初めて神が主体として、愛をもった主体として立つその足場が生じてくる。分かりました?
蕩減復帰というのは何か。絶対唯一の主体を願う者は絶対否定を通過しなければならない。絶対主体を願う、唯一の主体を願う者は、この環境に広がっているすべてのものに対して、絶対否定という条件を満たさなければならない。それ分かりました?
絶対否定。そうすると、蕩減復帰はいかなる場所で決めるか。絶対肯定の条件が少しでも残ったらいけない。絶対否定条件の立場で、絶対否定の条件によって蕩減条件が立てられる。そういうような基準が個人的、家庭的、氏族的という八段階で満たされれば、人類歴史の理想郷につながる。その段階ごとに、必ずそういう過程を通過しなければ、神と通ずる理想郷を結ぶことはできない。
神様に対し、プラスの自分の主体性を主張すればこれは反発する。すぐサタンのものになるんだね。反発する主体がサタンだから、自分が反発するような逆の主張をもつというのは反対する主体圏に立った結果になるから、サタンのものになる。だから、神の理想圏につながらせることは絶対できない。ここにおいて、宗教世界には絶対服従ということが出てくる。分かりました?なぜ絶対服従を要求するかというんだね。自分を考え、自分の何かを考えて持ち出すというと、第二の主体性が生じてきたような立場に立つ。第二の主体性はサタンであり、それはサタン圏に属するから、サタンのものになってしまう。だから、これによって完全否定圏を主張する。その基盤において、自分の何かがあった場合には、それはサタンの条件物になる。こういうような闘いを堕落した人間世界を中心として、神とサタンは分け合い、清算し合うそのことをせざるを得ない。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
時に対する自覚と責任をもつことです。
天一国2年天歴6月22日
今日のみ言葉
◇何否定?人間否定とそれから悪魔の否定。偽りの神の否定をなさなければならない。そういう否定圏に立って初めて神自体が主体の独自圏に立つことができる。主体は一つである。みんな否定されて、なくなった条件圏に立ったから、その条件圏上に初めて神が主体として、愛をもった主体として立つその足場が生じてくる。分かりました?
蕩減復帰というのは何か。絶対唯一の主体を願う者は絶対否定を通過しなければならない。絶対主体を願う、唯一の主体を願う者は、この環境に広がっているすべてのものに対して、絶対否定という条件を満たさなければならない。それ分かりました?
絶対否定。そうすると、蕩減復帰はいかなる場所で決めるか。絶対肯定の条件が少しでも残ったらいけない。絶対否定条件の立場で、絶対否定の条件によって蕩減条件が立てられる。そういうような基準が個人的、家庭的、氏族的という八段階で満たされれば、人類歴史の理想郷につながる。その段階ごとに、必ずそういう過程を通過しなければ、神と通ずる理想郷を結ぶことはできない。
神様に対し、プラスの自分の主体性を主張すればこれは反発する。すぐサタンのものになるんだね。反発する主体がサタンだから、自分が反発するような逆の主張をもつというのは反対する主体圏に立った結果になるから、サタンのものになる。だから、神の理想圏につながらせることは絶対できない。ここにおいて、宗教世界には絶対服従ということが出てくる。分かりました?なぜ絶対服従を要求するかというんだね。自分を考え、自分の何かを考えて持ち出すというと、第二の主体性が生じてきたような立場に立つ。第二の主体性はサタンであり、それはサタン圏に属するから、サタンのものになってしまう。だから、これによって完全否定圏を主張する。その基盤において、自分の何かがあった場合には、それはサタンの条件物になる。こういうような闘いを堕落した人間世界を中心として、神とサタンは分け合い、清算し合うそのことをせざるを得ない。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
ふと辺りを見ると、小さな紫の花。萩でした。「あらぁ、おひさしぶりー」なんて思っていると、オミナエシが風に揺れていました。
天一国2年天歴6月21日
今日の訓読のみ言
◇万物に対して喜びと悲しみ、両面を感じなければならない堕落人間
神様が自ら造られた善なる万物の中でも、神様が一番愛されるものがあると同様に、皆さんも花ならば花の中で一番愛する花があるでしょう。そういう感情がないなら、その人は心情世界での不合格者です。「花の中で何の花、木の中で何の木を一番愛し、草の中でも何の草を一番好む」と言うことができなければなりません。それでこそ自然を恋しがる心が生じるのです。
私の生命が躍動すると同時に、その生命を抱いてあげることができ、自然を引き込むことができる心情の因縁をもっている人は志のある人であり、むやみに生きられない人です。
今日、私たちが見つめるこの自然はいかなる自然であり、自分が踏んでいるこの地はいかなる地でしょうか。
悲しいことに、喜ぼうとして悲しむべき地になりました。
万物を見つめるとき、心に良いと感じられる反面、悲しい事情が残っている嘆息圏にある万物であることを感じなければなりません。景色の良い名勝地があり、そこを眺めて良いと感じても、無限に悲しい感情を感じて父とつなげることができる人になるべきなのが、今日の堕落した人間の立場です。
これから私たちは一握りの草をつかんで喜びを感じる代わりに、悲しんで泣くことができる自分になり、喜びを元に戻して一本の木をつかんで泣くことができる自分となり、山河あるいは万象を眺めても、深いため息をつくことができる姿にならなければなりません。それはエデンが恋しくなる心をもっているからです。そういう心情に浸っていらっしゃった方が神様であり、そういう心情の因縁をまだ抜け出すことのできない人間であるということを知らなければなりません。
そのような心情をもった人ならば、自然を眺めてもエデンを懐かしがることができます。「懐かしきエデン」と言うならば、自然も恋しくならなければなりませんが、またその中ですべての被造万物を主管することができる本然の人間も恋しがらなければなりません。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
ふと辺りを見ると、小さな紫の花。萩でした。「あらぁ、おひさしぶりー」なんて思っていると、オミナエシが風に揺れていました。
天一国2年天歴6月21日
今日の訓読のみ言
◇万物に対して喜びと悲しみ、両面を感じなければならない堕落人間
神様が自ら造られた善なる万物の中でも、神様が一番愛されるものがあると同様に、皆さんも花ならば花の中で一番愛する花があるでしょう。そういう感情がないなら、その人は心情世界での不合格者です。「花の中で何の花、木の中で何の木を一番愛し、草の中でも何の草を一番好む」と言うことができなければなりません。それでこそ自然を恋しがる心が生じるのです。
私の生命が躍動すると同時に、その生命を抱いてあげることができ、自然を引き込むことができる心情の因縁をもっている人は志のある人であり、むやみに生きられない人です。
今日、私たちが見つめるこの自然はいかなる自然であり、自分が踏んでいるこの地はいかなる地でしょうか。
悲しいことに、喜ぼうとして悲しむべき地になりました。
万物を見つめるとき、心に良いと感じられる反面、悲しい事情が残っている嘆息圏にある万物であることを感じなければなりません。景色の良い名勝地があり、そこを眺めて良いと感じても、無限に悲しい感情を感じて父とつなげることができる人になるべきなのが、今日の堕落した人間の立場です。
これから私たちは一握りの草をつかんで喜びを感じる代わりに、悲しんで泣くことができる自分になり、喜びを元に戻して一本の木をつかんで泣くことができる自分となり、山河あるいは万象を眺めても、深いため息をつくことができる姿にならなければなりません。それはエデンが恋しくなる心をもっているからです。そういう心情に浸っていらっしゃった方が神様であり、そういう心情の因縁をまだ抜け出すことのできない人間であるということを知らなければなりません。
そのような心情をもった人ならば、自然を眺めてもエデンを懐かしがることができます。「懐かしきエデン」と言うならば、自然も恋しくならなければなりませんが、またその中ですべての被造万物を主管することができる本然の人間も恋しがらなければなりません。
- 1970年1月1日
-

おはようございます。
よろしくお願いします。
天一国2年天歴6日20日
今日のみ言葉
天地人真の父母様
7月1日 訓読会真のお母様のみ言(要旨)
文善進様を任命された理由
まず世界本部の本部長に文善進を任命したことについてお話しします。この娘は、統一家の祝福家庭、一世たちの献身的な苦労を心から理解しています。彼らは天が願われる基準まで責任を果たすことはできませんでした。しかし、難しい時期に真の父母様に侍り、彼らなりに最善を尽くしたことを認め、理解している娘です。
「真の父母様の前において、真の家庭、一世、二世はみな子女ではないでしょうか。真の子女の立場から見るとき、一世は年上なので、私は『お兄さん』として礼遇します」という娘です。その位置にこだわらず、ために生きる真の愛を実践しようと努力する娘です。ですからこの期間、私を助けてくれる本部長として任命したのです。
真のお父様の聖和2周年まで、きょうから42日となりました。祝福家庭として天が願われる基準に立とうとすれば、責任が伴い、行く道が遠いのです。最善の努力をしていますか。もう一度皆さんは天の前に頭を垂れ、心と体が統一された位置で悔い改めなければなりません。再び心と体を浄化しなければなりません。
私はきょうを期して、もう一度皆さんを許そうと思います。
■6000年ぶりに現れた「独り娘」
皆さんは真の父母を知っていますか。特に真の母について知っていますか。
アダムとエバの堕落以来、天は失った子女をただ待っているわけにはいきませんでした。サタンの讒訴条件から抜け出せる道を歩んでこられたのです。その路程はどれほど辛く悲惨だったでしょうか。
天が4000年ぶりに探し立てた「独り子」の位置は残っています。(イエス様は)「再び来る」と言われました。ところで「独り娘」はいるでしょうか、いないでしょうか。神様はアダムとエバを創造されたのです。復帰摂理においても独り子がいれば独り娘もいなければなりません。
「原理」を通して、天から選ばれた中心人物が責任を果たせないときは交代することを学びました。天は(失敗した)イスラエルを通して独り娘を送ってくださいません。全知全能であられる神様は失敗することができないのです。独り娘を育ててこられました。ここに座っている真のお母様は6000年ぶりに現れた「独り娘」です!
そのように説明することができます。全ての証拠が揃っています。歴史的秘密を明らかにしているのです。1960年(真の父母様御聖婚式)は、まさしく天と地の喜びの日でした。神様が待ちこがれた瞬間でしたが、現実はどうでしたか。天の王子、王女なのに、最も低い立場で…。
それゆえ「神の日」が現れるまでの母の苦労を知らなければなりません。孝進と興進の2人の息子を勝利の基台の上に立てることができた日です。
皆さんは興進を愛さなければなりません。興進が生まれる時もサタンが殺そうとしました。共産主義の脅威にさらされる真のお父様であることを理解していたので、お父様の身代わりとなって死の場にも行こうと決心した息子です。そのような子女たちがいなかったら、今日まで摂理歴史が続くことはないのです。
私は、お父様との御聖婚を賜りながら天の事情を理解することができました。それで「この全ての蕩減摂理歴史は私の代で終わらせる」と決心したのです。(私は)全て整理しました。
今や皆さんの責任が残っています。氏族的メシヤの責任を果たさなければなりません。皆さんだけが真の父母様の特恵圏で暮らすべきでしょうか。70億の人類をどうしますか。私は真の父母なので、真の子女に関して胸痛むことがあっても70億人類を考えざるを得ないのです。
■一つになる方向へ努力すべき時
清平役事について、これは大母様の特別権限です。天がそのように聖別し、選別して育ててこられた独り娘の家門です。それゆえ、お父様に近い人だといっても他の人ではできません。大母様だけができるのです。
今は内外が一つにならなければなりません。心と体の統一から、家庭、教会、氏族、民族が一つになる方向に努力しなければなりません。教会は、理解できるようにしてあげるのです。伝道しなければなりません。今、世界的に起きている問題は、真の父母様を知るようになれば、全て方向性を変えることができます。
この40日期間に不足な点を悔い改めて反省しながら最善を尽くし、天に栄光をお返ししようという心と体を備えなければなりません。私たちの教会にサタンが入ってくることができる隙を与えてはいけません。一つにならなければなりません。そうして、この国と世界の前に見せてあげなければなりません。
- 1970年1月1日
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おはようございます。
よろしくお願いします。
天一国2年天歴6日20日
今日のみ言葉
天地人真の父母様
7月1日 訓読会真のお母様のみ言(要旨)
文善進様を任命された理由
まず世界本部の本部長に文善進を任命したことについてお話しします。この娘は、統一家の祝福家庭、一世たちの献身的な苦労を心から理解しています。彼らは天が願われる基準まで責任を果たすことはできませんでした。しかし、難しい時期に真の父母様に侍り、彼らなりに最善を尽くしたことを認め、理解している娘です。
「真の父母様の前において、真の家庭、一世、二世はみな子女ではないでしょうか。真の子女の立場から見るとき、一世は年上なので、私は『お兄さん』として礼遇します」という娘です。その位置にこだわらず、ために生きる真の愛を実践しようと努力する娘です。ですからこの期間、私を助けてくれる本部長として任命したのです。
真のお父様の聖和2周年まで、きょうから42日となりました。祝福家庭として天が願われる基準に立とうとすれば、責任が伴い、行く道が遠いのです。最善の努力をしていますか。もう一度皆さんは天の前に頭を垂れ、心と体が統一された位置で悔い改めなければなりません。再び心と体を浄化しなければなりません。
私はきょうを期して、もう一度皆さんを許そうと思います。
■6000年ぶりに現れた「独り娘」
皆さんは真の父母を知っていますか。特に真の母について知っていますか。
アダムとエバの堕落以来、天は失った子女をただ待っているわけにはいきませんでした。サタンの讒訴条件から抜け出せる道を歩んでこられたのです。その路程はどれほど辛く悲惨だったでしょうか。
天が4000年ぶりに探し立てた「独り子」の位置は残っています。(イエス様は)「再び来る」と言われました。ところで「独り娘」はいるでしょうか、いないでしょうか。神様はアダムとエバを創造されたのです。復帰摂理においても独り子がいれば独り娘もいなければなりません。
「原理」を通して、天から選ばれた中心人物が責任を果たせないときは交代することを学びました。天は(失敗した)イスラエルを通して独り娘を送ってくださいません。全知全能であられる神様は失敗することができないのです。独り娘を育ててこられました。ここに座っている真のお母様は6000年ぶりに現れた「独り娘」です!
そのように説明することができます。全ての証拠が揃っています。歴史的秘密を明らかにしているのです。1960年(真の父母様御聖婚式)は、まさしく天と地の喜びの日でした。神様が待ちこがれた瞬間でしたが、現実はどうでしたか。天の王子、王女なのに、最も低い立場で…。
それゆえ「神の日」が現れるまでの母の苦労を知らなければなりません。孝進と興進の2人の息子を勝利の基台の上に立てることができた日です。
皆さんは興進を愛さなければなりません。興進が生まれる時もサタンが殺そうとしました。共産主義の脅威にさらされる真のお父様であることを理解していたので、お父様の身代わりとなって死の場にも行こうと決心した息子です。そのような子女たちがいなかったら、今日まで摂理歴史が続くことはないのです。
私は、お父様との御聖婚を賜りながら天の事情を理解することができました。それで「この全ての蕩減摂理歴史は私の代で終わらせる」と決心したのです。(私は)全て整理しました。
今や皆さんの責任が残っています。氏族的メシヤの責任を果たさなければなりません。皆さんだけが真の父母様の特恵圏で暮らすべきでしょうか。70億の人類をどうしますか。私は真の父母なので、真の子女に関して胸痛むことがあっても70億人類を考えざるを得ないのです。
■一つになる方向へ努力すべき時
清平役事について、これは大母様の特別権限です。天がそのように聖別し、選別して育ててこられた独り娘の家門です。それゆえ、お父様に近い人だといっても他の人ではできません。大母様だけができるのです。
今は内外が一つにならなければなりません。心と体の統一から、家庭、教会、氏族、民族が一つになる方向に努力しなければなりません。教会は、理解できるようにしてあげるのです。伝道しなければなりません。今、世界的に起きている問題は、真の父母様を知るようになれば、全て方向性を変えることができます。
この40日期間に不足な点を悔い改めて反省しながら最善を尽くし、天に栄光をお返ししようという心と体を備えなければなりません。私たちの教会にサタンが入ってくることができる隙を与えてはいけません。一つにならなければなりません。そうして、この国と世界の前に見せてあげなければなりません。
- 1970年1月1日
-
_____0715____
おはようございます。
◇人文主義(じんぶんしゅぎ) ルネサンス期における、ギリシャ・ローマ・ヘブライの古典的教養を通して人間形成をはかる立場。ここから人間肯定の思想、すなわち、教会の権威や神中心の中世的世界観のような非人間的重圧から人間を解放し、新しい普遍的人間像が生じた。イタリアのペトラルカ、フィチーノ、フランスのビュディ、オランダのエラスムス、ドイツのメランヒトン、イギリスのトーマス・モーアなどが代表
天一国2年天歴619日
今日の訓読のみ言
両面を感じなければならない堕落人間
◇神様が自ら造られた善なる万物の中でも、神様が一番愛されるものがあると同様に、皆さんも花ならば花の中で一番愛する花があるでしょう。そういう感情がないなら、その人は心情世界での不合格者です。「花の中で何の花、木の中で何の木を一番愛し、草の中でも何の草を一番好む」と言うことができなければなりません。それでこそ自然を恋しがる心が生じるのです。
私の生命が躍動すると同時に、その生命を抱いてあげることができ、自然を引き込むことができる心情の因縁をもっている人は志のある人であり、むやみに生きられない人です。
今日、私たちが見つめるこの自然はいかなる自然であり、自分が踏んでいるこの地はいかなる地でしょうか。悲しいことに、喜ぼうとして悲しむべき地になりました。
万物を見つめるとき、心に良いと感じられる反面、悲しい事情が残っている嘆息圏にある万物であることを感じなければなりません。景色の良い名勝地があり、そこを眺めて良いと感じても、無限に悲しい感情を感じて父とつなげることができる人になるべきなのが、今日の堕落した人間の立場です。
これから私たちは一握りの草をつかんで喜びを感じる代わりに、悲しんで泣くことができる自分になり、喜びを元に戻して一本の木をつかんで泣くことができる自分となり、山河あるいは万象を眺めても、深いため息をつくことができる姿にならなければなりません。それはエデンが恋しくなる心をもっているからです。そういう心情に浸っていらっしゃった方が神様であり、そういう心情の因縁をまだ抜け出すことのできない人間であるということを知らなければなりません。
そのような心情をもった人ならば、自然を眺めてもエデンを懐かしがることができます。「懐かしきエデン」と言うならば、自然も恋しくならなければなりませんが、またその中ですべての被造万物を主管することができる本然の人間も恋しがらなければなりません。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
□より大きな中心に相対的基準を立てることが公的問題である。
天一国2年天歴4月18日
今日のみ言葉
◇み意に立って、天の使命を受けて、もしも打たれて手が片輪になれば、これは幸福の象徴だ。
自分の体に忘れざる傷を残すのは、永遠の光の世界に於きましては、光のもとである。讃美のもとである。先生はそういうことを考えている。だから、あるいは牢屋に引き込まれて、打たれて、血を吐く立場におきましても、それを見て、ほい、いよいよ時が来よる。これをやり過ごしたら歴史を失ってしまう。善なる先祖達の功績がとんでしまう。民族的基盤が崩れてしまう。だからそういう緊張した立場に立っても、その環境はどうでも良い。
それが問題じゃない。自分自身に対して緊張せざるを得ない。そして、神の法に徹して行こう。そういう信念をもって、歴史上の人物以上の立場をもって行くならば、その後は勝利が決定する。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
「真の父母というのは一組しかいないのです。人類の一組しかいない父母であるというのです。
天一国2年天歴6月18日
今日のみ言葉
<真の愛>
◇真の愛とは、どのような愛でしょうか。真の愛の本質は、受けようという愛ではなく、人のために、全体のために先に与え、ために生きようという愛です。与えても、与えたということすら記憶せず、絶えず与える愛です。喜んで与える愛です。母親が赤ちゃんを胸に抱いてお乳を飲ませる喜びと愛の心情です。子女が父母に孝行して喜びを感じる、そのような犠牲的な愛です。
真の愛で結ばれると、永遠に一緒にいても、ただうれしく、宇宙はもちろん神様までも、引っ張ればついてくる愛です。堕落の末裔である人間がつくった国境の壁、人種の壁、さらには宗教の壁までも、永遠に終わらせる力が、真の愛の価値です。
神様の真の愛の主流属性は、絶対、唯一、不変、永遠なものなので、誰でもこの真の愛を率先して実践するとき、神様と同居して共に楽しむことができ、同参権、相続権までも享受するようになるのです。このように、天国に入る絶対必要条件が正に「ために生きる人生」、すなわち真の愛の人生なのです。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
「真の父母というのは一組しかいないのです。人類の一組しかいない父母であるというのです。
天一国2年天歴6月18日
今日のみ言葉
<真の愛>
◇真の愛とは、どのような愛でしょうか。真の愛の本質は、受けようという愛ではなく、人のために、全体のために先に与え、ために生きようという愛です。与えても、与えたということすら記憶せず、絶えず与える愛です。喜んで与える愛です。母親が赤ちゃんを胸に抱いてお乳を飲ませる喜びと愛の心情です。子女が父母に孝行して喜びを感じる、そのような犠牲的な愛です。
真の愛で結ばれると、永遠に一緒にいても、ただうれしく、宇宙はもちろん神様までも、引っ張ればついてくる愛です。堕落の末裔である人間がつくった国境の壁、人種の壁、さらには宗教の壁までも、永遠に終わらせる力が、真の愛の価値です。
神様の真の愛の主流属性は、絶対、唯一、不変、永遠なものなので、誰でもこの真の愛を率先して実践するとき、神様と同居して共に楽しむことができ、同参権、相続権までも享受するようになるのです。このように、天国に入る絶対必要条件が正に「ために生きる人生」、すなわち真の愛の人生なのです。
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