
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
◇私がいる時といない時の違いをはっきりと認識して、活動する必要があるのです。
一瞬一瞬がどれほど大切であるかを悟り、与えられた責任を果たすために、より発奮する必要があります」
天一国2年天歴6月12日
今日のみ言葉
淋しい時期がが来たとしても (701126水沢里にて)
◇もし淋しい時期が来たとしても、力が出ないような基準があるとしても、 そこで落胆したりしてはいけない。そういう期間があるからこそ、谷を越えることができるんだね。谷の境界線というものは、線自体は中間圏だよ。それが大きい谷だったら、谷の広さも広くなるんだよ。その谷の底を通り抜けるような、そういう期間があるんだよ。そこには神も干渉できない、サタンも干渉できない、自分一人ながらやっていかなければならない、そういう期間があるんだよ。暗礁地帯みたいな、そういう期間が。腹いっぱい力を出そうとしても 出すことができない、神に自分は捨てられてしまったような思いがする。神がいるかいないか思いもつかないような時があるんだよ。
そういう時をいかにして乗り越えるか。過去、神によって祝福された恵みに対して、蜜に酔った時のような、その喜ばしい心持ち、それが必要だよ。
過去の自分をこういうように守って下さった神は、愛する自分の親である。 わしは間違いなく神の子供である。いかなる曲線をたどっても、結局は愛の 目的の立場に神は我を立たせる。その問題は間違いない。こういうような過程を通過させるのも、我にもっと大きい何かを悟らせる、あるものがあるから、こういう期間を自分に下さるのであって、自分の行くべき道をふさぐために、神はこういう淋しい立場に立たしておくんじゃない。そういう立場に立てば 立つ程、今まで神共に我を守り、励ましてくれた、そういう基準を中心として、間違いなく神は自分を愛しておるという、信仰でもって乗り越えなければならない。誰が何と言おうと、この期間は克服するんだね。誰も頼りにできない。自分ながらの存在を認められないような立場に落ち込んだとしても、絶対に 落胆してはいけない。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
◇私がいる時といない時の違いをはっきりと認識して、活動する必要があるのです。
一瞬一瞬がどれほど大切であるかを悟り、与えられた責任を果たすために、より発奮する必要があります」
天一国2年天歴6月12日
今日のみ言葉
淋しい時期がが来たとしても (701126水沢里にて)
◇もし淋しい時期が来たとしても、力が出ないような基準があるとしても、 そこで落胆したりしてはいけない。そういう期間があるからこそ、谷を越えることができるんだね。谷の境界線というものは、線自体は中間圏だよ。それが大きい谷だったら、谷の広さも広くなるんだよ。その谷の底を通り抜けるような、そういう期間があるんだよ。そこには神も干渉できない、サタンも干渉できない、自分一人ながらやっていかなければならない、そういう期間があるんだよ。暗礁地帯みたいな、そういう期間が。腹いっぱい力を出そうとしても 出すことができない、神に自分は捨てられてしまったような思いがする。神がいるかいないか思いもつかないような時があるんだよ。
そういう時をいかにして乗り越えるか。過去、神によって祝福された恵みに対して、蜜に酔った時のような、その喜ばしい心持ち、それが必要だよ。
過去の自分をこういうように守って下さった神は、愛する自分の親である。 わしは間違いなく神の子供である。いかなる曲線をたどっても、結局は愛の 目的の立場に神は我を立たせる。その問題は間違いない。こういうような過程を通過させるのも、我にもっと大きい何かを悟らせる、あるものがあるから、こういう期間を自分に下さるのであって、自分の行くべき道をふさぐために、神はこういう淋しい立場に立たしておくんじゃない。そういう立場に立てば 立つ程、今まで神共に我を守り、励ましてくれた、そういう基準を中心として、間違いなく神は自分を愛しておるという、信仰でもって乗り越えなければならない。誰が何と言おうと、この期間は克服するんだね。誰も頼りにできない。自分ながらの存在を認められないような立場に落ち込んだとしても、絶対に 落胆してはいけない。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。 今日も元気て有りますように。
「天一国はどういう国か」
天一国経典『天聖経』の中から真のお父様のみ言を探してみました。
「神様の国は、永遠に幸福な所」
天一国2年天歴611日
今日の訓読のみ言
淋しい時期が来たとしても
「刺激について」
701126水沢里にて@
◇淋しい時期が来たとしても、力が出ないような基準があるとしても、そこで落胆したりしてはいけない。そういう期間があるからこそ、谷を越えることができるんだね。谷の境界線というものは、線自体は中間圏だよ。それが大きい谷だったら、谷の広さも広くなるんだよ。その谷の底を通り抜けるような、そういう期間があるんだよ。そこには神も干渉できない、サタンも干渉できない、自分一人ながらやっていかなければならない、そういう期間があるんだよ。暗礁地帯みたいな、そういう期間が。
腹いっぱい力を出そうとしても出すことができない、神に自分は捨てられてしまったような思いがする。神がいるかいないか思いもつかないような時があるんだよ。
そういう時をいかにして乗り越えるか。過去、神によって祝福された恵みに対して、蜜に酔った時のような、その喜ばしい心持ち、それが必要だよ。
過去の自分をこういうように守って下さった神は、愛する自分の親である。 わしは間違いなく神の子供である。いかなる曲線をたどっても、結局は愛の 目的の立場に神は我を立たせる。その問題は間違いない。こういうような過程を通過させるのも、我にもっと大きい何かを悟らせる、あるものがあるから、こういう期間を自分に下さるのであって、自分の行くべき道をふさぐために、神はこういう淋しい立場に立たしておくんじゃない。そういう立場に立てば 立つ程、今まで神共に我を守り、励ましてくれた、そういう基準を中心として、間違いなく神は自分を愛しておるという、信仰でもって乗り越えなければならない。誰が何と言おうと、この期間は克服するんだね。誰も頼りにできない。自分ながらの存在を認められないような立場に落ち込んだとしても、絶対に 落胆してはいけない。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。 今日も元気て有りますように。
「天一国はどういう国か」
天一国経典『天聖経』の中から真のお父様のみ言を探してみました。
「神様の国は、永遠に幸福な所」
天一国2年天歴611日
今日の訓読のみ言
淋しい時期が来たとしても
「刺激について」
701126水沢里にて@
◇淋しい時期が来たとしても、力が出ないような基準があるとしても、そこで落胆したりしてはいけない。そういう期間があるからこそ、谷を越えることができるんだね。谷の境界線というものは、線自体は中間圏だよ。それが大きい谷だったら、谷の広さも広くなるんだよ。その谷の底を通り抜けるような、そういう期間があるんだよ。そこには神も干渉できない、サタンも干渉できない、自分一人ながらやっていかなければならない、そういう期間があるんだよ。暗礁地帯みたいな、そういう期間が。
腹いっぱい力を出そうとしても出すことができない、神に自分は捨てられてしまったような思いがする。神がいるかいないか思いもつかないような時があるんだよ。
そういう時をいかにして乗り越えるか。過去、神によって祝福された恵みに対して、蜜に酔った時のような、その喜ばしい心持ち、それが必要だよ。
過去の自分をこういうように守って下さった神は、愛する自分の親である。 わしは間違いなく神の子供である。いかなる曲線をたどっても、結局は愛の 目的の立場に神は我を立たせる。その問題は間違いない。こういうような過程を通過させるのも、我にもっと大きい何かを悟らせる、あるものがあるから、こういう期間を自分に下さるのであって、自分の行くべき道をふさぐために、神はこういう淋しい立場に立たしておくんじゃない。そういう立場に立てば 立つ程、今まで神共に我を守り、励ましてくれた、そういう基準を中心として、間違いなく神は自分を愛しておるという、信仰でもって乗り越えなければならない。誰が何と言おうと、この期間は克服するんだね。誰も頼りにできない。自分ながらの存在を認められないような立場に落ち込んだとしても、絶対に 落胆してはいけない。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
私たちには停止はありません。氏族的メシヤ勝利に向かって邁進しましょう。
「お父様、愛しています」
「お父様、お疲れさまでした」
天一国2年天歴6月10日
今日のみ言葉
◇ 先生がエルサレムを訪問した時に見たのですが、イエス様がゴルゴダ山頂まで登る途中で倒れた所に立て札が立っているのです。十二回も倒れたその所を見やり「こんな蕩減の道を行かれたのだな」と思ったのです。その場で先生は「暗黒のような二千年前に新しい天的な使命を背負って、砂漠と荒野のようなこのど真ん中を訪ねたイエス様の事情がどれほど切なかったでしょうか? しかし大きく裕福な多くの民族をみな除いて、このように見る影もなく、やせ細ったイスラエル民族を訪ねてこられたことは、民族復帰の恨を一日も早く解こうとされたアボジの事情があったが故であるということを知りました」と祈祷したのです。
その所を訪問する人は誰もが、イエス様が抱いた事由を深くお慰めしてさしあげる祈祷をしなければならないのです。それでこそ、その場においてサタンは気をもみ、神様は慰められるのです。それでサタンは悲しんで泣き、神は嬉しくて泣くのでなければならないのです。
アダムが堕落することによって神が慟哭され、サタンもアダムも涙を流したのです。
サタンは神に背信して追われて涙を流し、アダムもやはり堕落によって涙を流したのです。それでイエス様も涙を流され、サタンも涙を流し、アダムも涙を流したのです。ですから復帰の峠道では、神とサタンに涙を流させなくては復帰ができないのです。自分自身も涙を流さなければなりません。
自分の涙が神を泣かせ、サタンまでも泣かすことができる涙でなければ、これを復帰させることができないのです。これが蕩減路程で必要とする条件物であることを知らねばなりません。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
私たちには停止はありません。氏族的メシヤ勝利に向かって邁進しましょう。
「お父様、愛しています」
「お父様、お疲れさまでした」
天一国2年天歴6月10日
今日のみ言葉
◇ 先生がエルサレムを訪問した時に見たのですが、イエス様がゴルゴダ山頂まで登る途中で倒れた所に立て札が立っているのです。十二回も倒れたその所を見やり「こんな蕩減の道を行かれたのだな」と思ったのです。その場で先生は「暗黒のような二千年前に新しい天的な使命を背負って、砂漠と荒野のようなこのど真ん中を訪ねたイエス様の事情がどれほど切なかったでしょうか? しかし大きく裕福な多くの民族をみな除いて、このように見る影もなく、やせ細ったイスラエル民族を訪ねてこられたことは、民族復帰の恨を一日も早く解こうとされたアボジの事情があったが故であるということを知りました」と祈祷したのです。
その所を訪問する人は誰もが、イエス様が抱いた事由を深くお慰めしてさしあげる祈祷をしなければならないのです。それでこそ、その場においてサタンは気をもみ、神様は慰められるのです。それでサタンは悲しんで泣き、神は嬉しくて泣くのでなければならないのです。
アダムが堕落することによって神が慟哭され、サタンもアダムも涙を流したのです。
サタンは神に背信して追われて涙を流し、アダムもやはり堕落によって涙を流したのです。それでイエス様も涙を流され、サタンも涙を流し、アダムも涙を流したのです。ですから復帰の峠道では、神とサタンに涙を流させなくては復帰ができないのです。自分自身も涙を流さなければなりません。
自分の涙が神を泣かせ、サタンまでも泣かすことができる涙でなければ、これを復帰させることができないのです。これが蕩減路程で必要とする条件物であることを知らねばなりません。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
◇私たちは「原理」とみ言を通して、何が善であり悪であるのかを知りました。「善なる生活をする」という思い、すなわち「原理的に生きたい」という思いがなければなりません。
天一国2年天歴6月9日
今日の訓読のみ言
◇「宗教を信ずる者たちが自分自体で否定せよ!自分が否定圏をつくれ」と。それはつくれない。自分で否定圏をつくることができないから、相対関係において否定される基準をつくればいいんだね。立場が同じだよ。誰かに否定されるような立場に追い込まれればいい。何の話か分かった?自分自体が否定圏をつくることができないから、神様自体が否定圏をつくってやる。それみんな逆に打つんだ、みんな。これが迫害の動機である。
分かった?何の話か。だから、神様を信じ、宗教を信ずるというと、みんな一番近い者が、親とか愛すべきもの自体が反対する。それは何を意味するかというと、結局はサタン自体が第二の主体圏に立って第一の主体を打ったことになる。だから、不正の者が聖なる者を打った場合には弁償しなければならない。この弁償の道をたどって宗教の発展がなされる。何の話か分かったの?
人類の歴史を、考えてみて下さい。神、アダムとエバは、外部から攻撃される立場でした。これは悪の本性です。攻撃者は、文句をつけて破壊します。攻撃者が損害を賠賞し、復旧させるだけでなく、多額の代価を払って罪の償いをしなければならないことは、宇宙の法則です。その法則を知っておられる神が、最初に攻撃の主導権を握ると思いますか。神は、攻撃することもなく、先導権を取ったこともありません。
そういう神にある人はこういうでしょう。
「神様、あなたは、攻撃しないなんて善良すぎます。あなたに代って攻めましょう。」このような人は、神の民と言えますか。神の民は、決して先頭をきって攻撃することはありません。神の民はいつも攻撃されてきましたが、進み続け決してあきらめず、とどまらず、ゴールを目指して歩み続けています。攻撃されながら、どうして勝利を治めることができるのでしょうか。サタン側は、損害を賠償し罪を償うのが天宙の法則です。あはな方は、忍耐し、個人、家庭、世界のレベルに至るまで、生きのびていかなければなりません。そして最後に勝利し、悪側は、蕩減を払い罪を償わなければならないのです。たとえ全世界が、あなたを攻めようとも善なる目標を持って耐えていく限り最後には、生き残り勝利します。そして全宇宙が、あなたのものとなります。これ以上、拡げようのない程の天宙を所有します。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
◇私たちは「原理」とみ言を通して、何が善であり悪であるのかを知りました。「善なる生活をする」という思い、すなわち「原理的に生きたい」という思いがなければなりません。
天一国2年天歴6月9日
今日の訓読のみ言
◇「宗教を信ずる者たちが自分自体で否定せよ!自分が否定圏をつくれ」と。それはつくれない。自分で否定圏をつくることができないから、相対関係において否定される基準をつくればいいんだね。立場が同じだよ。誰かに否定されるような立場に追い込まれればいい。何の話か分かった?自分自体が否定圏をつくることができないから、神様自体が否定圏をつくってやる。それみんな逆に打つんだ、みんな。これが迫害の動機である。
分かった?何の話か。だから、神様を信じ、宗教を信ずるというと、みんな一番近い者が、親とか愛すべきもの自体が反対する。それは何を意味するかというと、結局はサタン自体が第二の主体圏に立って第一の主体を打ったことになる。だから、不正の者が聖なる者を打った場合には弁償しなければならない。この弁償の道をたどって宗教の発展がなされる。何の話か分かったの?
人類の歴史を、考えてみて下さい。神、アダムとエバは、外部から攻撃される立場でした。これは悪の本性です。攻撃者は、文句をつけて破壊します。攻撃者が損害を賠賞し、復旧させるだけでなく、多額の代価を払って罪の償いをしなければならないことは、宇宙の法則です。その法則を知っておられる神が、最初に攻撃の主導権を握ると思いますか。神は、攻撃することもなく、先導権を取ったこともありません。
そういう神にある人はこういうでしょう。
「神様、あなたは、攻撃しないなんて善良すぎます。あなたに代って攻めましょう。」このような人は、神の民と言えますか。神の民は、決して先頭をきって攻撃することはありません。神の民はいつも攻撃されてきましたが、進み続け決してあきらめず、とどまらず、ゴールを目指して歩み続けています。攻撃されながら、どうして勝利を治めることができるのでしょうか。サタン側は、損害を賠償し罪を償うのが天宙の法則です。あはな方は、忍耐し、個人、家庭、世界のレベルに至るまで、生きのびていかなければなりません。そして最後に勝利し、悪側は、蕩減を払い罪を償わなければならないのです。たとえ全世界が、あなたを攻めようとも善なる目標を持って耐えていく限り最後には、生き残り勝利します。そして全宇宙が、あなたのものとなります。これ以上、拡げようのない程の天宙を所有します。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
良い一日で有りますように祈ります。
天一国2年天歴6月8日
今日のみ言葉
歴史発展のパターン
◇「宗教を信ずる者たちが自分自体で否定せよ!自分が否定圏をつくれ」と。それはつくれない。自分で否定圏をつくることができないから、相対関係において否定される基準をつくればいいんだね。立場が同じだよ。誰かに否定されるような立場に追い込まれればいい。何の話か分かった?自分自体が否定圏をつくることができないから、神様自体が否定圏をつくってやる。それみんな逆に打つんだ、みんな。これが迫害の動機である。分かった?何の話か。だから、神様を信じ、宗教を信ずるというと、みんな一番近い者が、親とか愛すべきもの自体が反対する。それは何を意味するかというと、結局はサタン自体が第二の主体圏に立って第一の主体を打ったことになる。だから、不正の者が聖なる者を打った場合には弁償しなければならない。この弁償の道をたどって宗教の発展がなされる。何の話か分かったの?
人類の歴史を、考えてみて下さい。神、アダムとエバは、外部から攻撃される立場でした。これは悪の本性です。攻撃者は、文句をつけて破壊します。攻撃者が損害を賠賞し、復旧させるだけでなく、多額の代価を払って罪の償いをしなければならないことは、宇宙の法則です。その法則を知っておられる神が、最初に攻撃の主導権を握ると思いますか。神は、攻撃することもなく、先導権を取ったこともありません。
そういう神にある人はこういうでしょう。
「神様、あなたは、攻撃しないなんて善良すぎます。あなたに代って攻めましょう。」このような人は、神の民と言えますか。神の民は、決して先頭をきって攻撃することはありません。神の民はいつも攻撃されてきましたが、進み続け決してあきらめず、とどまらず、ゴールを目指して歩み続けています。攻撃されながら、どうして勝利を治めることができるのでしょうか。サタン側は、損害を賠償し罪を償うのが天宙の法則です。あはな方は、忍耐し、個人、家庭、世界のレベルに至るまで、生きのびていかなければなりません。そして最後に勝利し、悪側は、蕩減を払い罪を償わなければならないのです。たとえ全世界が、あなたを攻めようとも善なる目標を持って耐えていく限り最後には、生き残り勝利します。そして全宇宙が、あなたのものとなります。これ以上、拡げようのない程の天宙を所有します。
- 1970年1月1日
-
おはようございます。
良い一日で有りますように祈ります。
天一国2年天歴6月8日
今日のみ言葉
歴史発展のパターン
◇「宗教を信ずる者たちが自分自体で否定せよ!自分が否定圏をつくれ」と。それはつくれない。自分で否定圏をつくることができないから、相対関係において否定される基準をつくればいいんだね。立場が同じだよ。誰かに否定されるような立場に追い込まれればいい。何の話か分かった?自分自体が否定圏をつくることができないから、神様自体が否定圏をつくってやる。それみんな逆に打つんだ、みんな。これが迫害の動機である。分かった?何の話か。だから、神様を信じ、宗教を信ずるというと、みんな一番近い者が、親とか愛すべきもの自体が反対する。それは何を意味するかというと、結局はサタン自体が第二の主体圏に立って第一の主体を打ったことになる。だから、不正の者が聖なる者を打った場合には弁償しなければならない。この弁償の道をたどって宗教の発展がなされる。何の話か分かったの?
人類の歴史を、考えてみて下さい。神、アダムとエバは、外部から攻撃される立場でした。これは悪の本性です。攻撃者は、文句をつけて破壊します。攻撃者が損害を賠賞し、復旧させるだけでなく、多額の代価を払って罪の償いをしなければならないことは、宇宙の法則です。その法則を知っておられる神が、最初に攻撃の主導権を握ると思いますか。神は、攻撃することもなく、先導権を取ったこともありません。
そういう神にある人はこういうでしょう。
「神様、あなたは、攻撃しないなんて善良すぎます。あなたに代って攻めましょう。」このような人は、神の民と言えますか。神の民は、決して先頭をきって攻撃することはありません。神の民はいつも攻撃されてきましたが、進み続け決してあきらめず、とどまらず、ゴールを目指して歩み続けています。攻撃されながら、どうして勝利を治めることができるのでしょうか。サタン側は、損害を賠償し罪を償うのが天宙の法則です。あはな方は、忍耐し、個人、家庭、世界のレベルに至るまで、生きのびていかなければなりません。そして最後に勝利し、悪側は、蕩減を払い罪を償わなければならないのです。たとえ全世界が、あなたを攻めようとも善なる目標を持って耐えていく限り最後には、生き残り勝利します。そして全宇宙が、あなたのものとなります。これ以上、拡げようのない程の天宙を所有します。
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